最終話

カポーン。竹をスパッと切った切り口に、ちょぼちょぼと水が溜まり、やがて重みに耐えられなくなった竹が、軽快な音を鳴らし、水を下請けに流す。直後、軽くなった竹が水をちょろちょろと受ける…。と言う風流なものは、此処、屯所には全く持ってなかったのだが、まるで聞こえてくるような雰囲気に先ほどから駆られていた。

シンとした空気の中、神楽は手をモジモジと動かす。沖田は、星海坊主が何か言ってくるかと待っていたがその気配が一向にないと分かると、自身が先に口を開く事にしたのだった。

「お嬢さんとお付きさせて頂いてる、沖田 総悟と申しやす。」
言葉には、迷いも躊躇もなかった。父親に向って頭を下げる沖田を見た神楽は、思わず口を唖然とさせた。この男が頭を下げる様子など、中々見れるものではない。新撰組、局長、近藤勲の為ならばまだしも、自分の為に頭を下げるこの男の姿があまりにも信じられなく、それで居て、気恥ずかしい気持ちと一緒に、やはり嬉しさが込み上げてきたのだった。

神楽は沖田の方から、父親の方へと視線をずらす。星海坊主は何を考えてるのか分からない面持ちで沖田を見ていた。正直、星海坊主自身、一癖も二癖もありそうなこの男から出てきた言葉が、こんな真面目な言葉だとは思ってなかったため、顔には出さないが驚いていたのは確かだった。
星海坊主も馬鹿ではない。軽く咳払いをした後、口を開いた。

「俺には、お前がどんな男であるかは分からねェが、神楽が胸張ってお前を俺に紹介できねェって事は―――。」
違うアル!神楽が口を挟んだ。まだまだ自分と沖田は付き合いが浅い、まだ紹介する程の月日も何もたってなかった。そう言った。確かにそうだった。まだ一年も経っていない。まだまだお互いに知らない事だらけである。確かに父親に紹介するのは早すぎた。星海坊主は今度、神楽へと口を開く。
「神楽、そんな付き合いも浅い最中、お前は一人で暮らしたいとあの天パに言っていたのか。」
銀ちゃんの馬鹿!神楽は口を結んだ。どうやら星海増坊主と銀時は、此処に来る前に話していたらしかった。これについていい訳が出来ない神楽は、下を向き、歯をキリと鳴らした。

「おい坊主。元々はおめェが天パに言ったそうじゃねェか。その真意は何だ。言って見ろ。その言葉がふざけた台詞だったら、この場で殺すぞ。」
パピー!神楽が叫んだ。もうヤメテヨ!神楽は言うが星海坊主は沖田の方から視線を外さない。
「誰にも邪魔されたくねェ。それが俺の正直な気持ちですかね。」
沖田は、飄々と答えた。さらに言葉は続く。
「本当はコイツを何処か一目につかねェ所に閉じ込めておきてェ。が、あんたの娘は度が付くじゃじゃ馬と来てる。この俺でさえ苦労する始末でしてね。逢いてェ時に、ちゃんとその巣にいるかどうかも分からねェ。しかもその巣には、超度級の守り番が付いてると来てやがる。だったら、俺がその巣になりゃいい。その守り番も全て引きうけりゃぁいい。そう思ったんでさァ。」
あの星海坊主相手に、普段と全く変わらないこの男。誇らしい。神楽はそう思った。もうどうにでもすればいい。どうなってもこの男なら大丈夫。そう思えた。ふぅと肩で神楽は息を吐いたあと、傍観者を決め込む事にしたのだった。

「坊主。どんな事を建前に言ったってなァ。男の考えるこたァ、この世で一つだ。」
「あぁ、大丈夫ですぜ?俺ァ、あんた見たいに出来ちゃった婚になんざさせやせん。ちゃんと段階を踏んでから仕込みやすんで。」
星海坊主の額に、ピキピキと青線が入った。沖田はただただ笑っている。
「坊主。今しがた段階を壊しやがったぞ。何だ?今日は神楽の彼氏お披露目会じゃなかったっけか?俺の耳がおかしいのか、お嬢さんを下さいを更に卑下した言葉が聞こえやがったぞコラ。」
「いやいや、全くもっておかしくないでさァ。俺は神楽を貰うつもりなんで。お父さん。」

ケロリとした沖田に、神楽はテーブルに肘を付いてるまま、顎を滑らし、呆気に取られた。なんて事だろうか、本人の許可なく、この男は父親に言い切ってしまった。星海坊主はわなわなと震えた。

「テメーなんぞに、うちの神楽はやるかボケェェェ!!このクソガキ表に出やがれェ!」
星海坊主は障子を壊し外に出た。そして暗闇の中に消える。それに続き沖田もひょいと出てくる。思わずこれはと神楽が外に出ると、出た所、当たり前の様に先ほど出て行った全員が息を潜め座っていた。まるで全ておみ通しであるかの様に。
銀ちゃん!神楽が言うと、これが一番てっとりばやいだろ?そう笑った。
土方は暢気にタバコの煙を見送っている、近藤は近藤でおもむろに立ち上がり、その神楽と言う女を賭けたこの戦いの行く末を腕を組み見ている。新八は何とも困った様な面持ちで神楽を見て微笑んだ。

神楽ははっとした。沖田はわざとこう仕向けたのかと。お互い修羅の道を行くもの。言葉で上辺をつくろうより、こうするのが一番分かり合える。父親である星海坊主も、分かった上で乗ったのかと。
全く。自分周りの男は、自分の何倍も上だ…。神楽は大きな息を付いた。

何てことはない。結局は神楽の事をキッカケに交えてみたかったのだ。どんな男かと。でなければあんな、あんな楽しそうな顔をする訳がない。沖田のあの顔。強い物に挑み、ギリギリの所での接戦。完全に自分の事を忘れているのではないか?あーあ。あんなに袴汚して…。神楽はふっと笑った。
「まるで子供アルナ。。いいオモチャ見つけたみたいに目がキラキラしてるネ。」
「そういうこった。」
銀時が言った。神楽と銀時が顔見合わせた所で、沖田の参ったと言う声が聞こえた。さすが宇宙一と呼ばれる男だけの事はある。沖田の剣を飛ばしていた。沖田は両手を挙げて笑っている。その顔をみた星海坊主は、クツクツと笑い、しだい、大きな声をあげ笑い出した。それにつられる様に近藤も笑う。土方も笑みを見せた。

「あーあ!初めっから私の事は眼中になかったアルカ。」
神楽はテコテコと足袋のまま庭におり二人の真ん中で口をわざとらしく尖らせた。
「パピーも人が悪いアル。緊張したあたしが馬鹿みたいアル。沖田も沖田ヨ。パピーに喧嘩売るなんて、本当に殺されちゃうアル。二人とも嫌いネ。」
神楽は腕を組み、そっぽをツンと向いた。その頭の上、ぽんぽんと手の土を払い沖田の手が乗った。
「悪かったな。どうしてもかの有名な星海坊主さんと手合わせをしてみたかったんでさァ。別にお前を無視するつもりはなかったし、話した言葉に、嘘、偽りはひとつとしてねェよ。」
沖田は宥める様に神楽に言ったが、それでも、神楽は頬を膨らませたままだ。
「おめェ、大層な男を物にしたもんだ。この俺に向ってくるのは、其処にいる天パだけだと思ってたが…。この江戸の街もまだまだ捨てたもんじゃねェな。」
今度は神楽の肩に星海坊主が手を置いた。
「どうだ?肉でも食いにいくか?」
「すき焼きでもいいぞ。」
神楽の機嫌を取るように沖田と二人、星海坊主は機嫌を取ってみる。が、神楽はますます頬を膨らませた。
「せっかくこんな綺麗に姉御にしてもらったのに、そんなの食べられる訳ないアル。」
あっ…。二人は思わず声にだしてしまった。そうか…。確かにそうだと。
神楽に言われ、星海坊主と沖田は今更ながら、マジマジと神楽の立ち姿を見た。
お妙にきつく帯を結ばれている所為で、背中がピンと伸び、凛と立つ姿は何とも美しい。既に暗闇と化した辺りに、月に浮かぶ姿。紅色に、艶やかな華と、金色の波紋が浮かぶ。頭上にまとめられた淡い髪が首筋に流れ、年よりもずっと大人びて見せた。

「アレは俺のモンですぜ?」
「いやいや、あいつは一生俺のモンだ。誰にもやらねェ。」
「さらってでも、奪いにいきますんで。よろしく頼みまさァ。」
クツクツと二人して笑う。ぷくぅと膨らんでいた神楽の頬は徐々に萎みながら、やがて笑みに変わった。つつつと両手を伸ばして、二人の腕に絡ませた。神楽は口を尖らせる。
「仲良くしてヨ。きっと、きっと、家族になるはずだから…。」
神楽の頭上、一度視線を交し、くったくのない笑みを見せながら、二人、了解。そう頷いた。


...............



雪はしとしとと、銀髪の頭と黒い髪にと降り積もった。ぶえっくしょん。盛大な音の後、あぁ、もう汚いなぁ。こっちに向けてくしゃみしないで下さいよ!。そう目を吊り上げた新八の表情と声が聞こえた。
しゃぁねェだろうが!文句ならこの俺を使いにだしたあの年中瞳孔開きっぱなしのクソマヨネーズ怪獣、ひじか〜た。に言いやがれ。そう悪態をついた。だったら、酒につられてホイホイ買い物に言くなんて言わなきゃよかったじゃないですか!おかげで僕まで―――。そう新八も負け時と目を吊り上げた。そうこう言ってる間にも、二人の鼻は赤くなる。言葉を吐き出すたびに、白く息が濁り、溶けた。重たい、重たい。そう愚痴をこぼしながら歩く二人の耳に、遠くから騒音が響く。一階にあるスナックからの音かと思えたが、どうも違うらしい。程なく、開け放たれたドアから、ひょこっと赤いチャイナ服と白いコートが見えた。その横から、普段着の袴姿で沖田が首を項垂らしながら出てきた。間も無く視線が合うと、大きな手を振りながら、銀ちゃーん!新八ー!そう笑顔を見せた。その横で、沖田が神楽の頭にフードを被せた。顔がすっぽりと隠れてしまうと神楽はフードを取ろうとする。すると沖田は駄目だとばかりにフードを押さえた。そして、赤くなった神楽の鼻をつまんだ。どうやら悪態をついているらしく、神楽は目を吊り上げた。けらけらと沖田は笑う。

カンカンと階段に登った所で、神楽は銀時に気付く、銀ちゃん!そう手を伸ばし、ひっつこうとするその体を、沖田がフードを引っ張った。グェと言う声と共に神楽は沖田の方を振り向き、舌を巻いた。ため息を付きながら痴話喧嘩を素通りし、ガラガラとドアを開けた。待ってましたとばかりに飛び出て来たのは近藤だ。その顔は既にぼこぼこに腫れている。その近藤の後ろからはお妙が、まだ殴り足りない様な笑みを浮かべ、手をボキボキと鳴らしていた。その後ろでは土方がため息を付いている。

「銀さん、神楽ちゃんが出て行って、静かになったのも、ちょっとの間でしたね。」
そう新八が柔らかい笑みを見せた。一人暮らしを始めた神楽だが、やっぱり寂しいとちょくちょく戻ってくる。それにくっついて沖田が酒を持ってくれば、酒の匂いを嗅ぎつけた土方が、寂しいじゃないか、俺も呼んでくれよと近藤が。女は一人だと神楽が呼んだお妙が…。


あの日、怒られた涙から始まった、短くて、非・日常的な物語。それはとても奇妙なせいかつから始まった。
あの日、沖田から襲われ、流した涙から始まった恋物語、それはとてもありえない感情から始まった。

いつの間にか、はじまった共同生活。とてもありえない日常が、いつのまにか何気ない日常へと変化していった。
どちらともなく沸いた淡い恋心は、すれ違いにすれ違いを重ね、ぎりぎりの所でその手を掴んだ。曲調の強いメロディから、切ないメロディに変わった。そしていつしか甘いメロディを奏でる様になり、その曲のしめ、強いメロディを最後奏で、また静かに淡いメロディへと変わっていった。

少しずつ、このしとしとと降る雪の様に重いは積み重ね、雪の様に溶ける事無く、皆のココロに降り積もる。

まだまだ増えて行く、この非・日常なせいかつは、色んな人を通じて、また日常的なせいかつに変化を告げる…。



「銀ちゃん!ほら、早く座ってヨ!あぁ!沖田!まだ飲んじゃ駄目アル!」
「神楽ちゃん?この粗大ゴミ、ちょっと外に捨てて来ていいかしら?」
「姉上、近藤さん!それ近藤さんだから!」
「オイ万時屋!酒が足りねェじゃねェかバカヤロー!」
「あぁん?だったら自分で買いにいって来いよ!この年中動向開きマヨネーズが!」
「お妙さん?この拳は愛の形ですよね?僕たちの溶ける事ない愛の結晶ですよね?ね?!」
「近藤さん。悪りィが、これが愛の形とやらば、DVと言う言葉で悩む人はいねェや…」

「あ〜もぅ。うるさいアル!ホラ!とりあえず…。」

『かんぱ〜い!!』

FIN

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