act 29

充電がなくなってしまった事で、そのまた子の手の中にあるものは、もはや、何の意味もなさなくなってしまった。
隣に居る神楽はと言えば、まぶたをぽったりとさせ、何も言葉をださないまま、ただ下を向いていて。

どうしていいのか、また子にも分からない。何て声をかけていいのかも。

ただ神楽の手の中には、さっきと変わらず、それは握られたままだった。

「かぐ…………」
「いつも、こうアル」

また子の言葉を、遮るように、神楽は口を開いた。
「いつも、こう……上手くいかないアル。頑張っても、何やっても、いつも私、こんな感じで、沖田と……合わないのかな」

神楽の手は、ぎゅっと握られていた。
喜んで、欲しかった。ただ、それだけだったのに。
おいしいって言って欲しかった。

周りを見ても、みんな、普通に幸せそうだった。
ほんのありきたりな幸せを、毎日、毎日送っていて。

「でも、やっぱり好きだから、仕方がないんだけど……」

「沖田さんは、ちゃんと神楽ちゃんの事を、大切にしてくれてるって、そう思うッス」
確かに、いつも隣で見ているまた子からしても、二人のもどかしさには、目に余る。
でも、沖田には、神楽じゃないと駄目な事は、絶対だと思っていて。
「そう……かなァ」
まだ神楽の中では、納得していないらしい。それを宥める様に、また子は口をひらいた。
「そう、なんスよ」
「うん……」

神楽は、じっと、その手の中にある、崩れたお菓子を見つめる。
(食べて、もらいたかったな)
沖田の隣で、笑っている自分の姿を想像してみた。おいしいって、言ってもらえてる自分を。

シンとした空気の中、隣から聞こえてきたその音に、また子は気付いた。
「なっ……何してるンすか? 神楽ちゃん!」
かけられた、また子の言葉が耳に入っているには間違いないはずなのに、神楽はそのまま手を動かし続けた。
きゅっと結ばれたラッピング袋を解いていく。
「ちょっ―――、待って!」
「いいアル!  これで!……これで、いいのヨ」
神楽の中にある小さな袋は、その口を開けた。
その中に神楽は手を突っ込むと、沖田の為にと作っておいたお菓子を取り出した。
「こんなに、つぶれっちゃって、もう誰にも食べてもらえないから……私が自分で、食べてあげるアル」
手から口へと、それを噛む。


「―――神楽ちゃん」
もぐ、もぐ、もぐ、もぐ……。
ぽた、ぽた、ぽた、ぽた……。
ただ真っ直ぐに前を向く神楽の頬からは、綺麗に筋を作りながら、涙が流れて行く。
決して得意な訳じゃない。だけど頑張ったのは、沖田の事を思っているからこそだった。

「お、おいしい……すごく……おいしいアル……っ」
見た目は悪くなっているものの、その出来上がりは、美味しいと言えるものだった。
神楽は、息を吸い込みながら、それを必死に飲み込んだ。
一個、二個……。 掴んではいたその手が、ピタリととまる。
「―――た、食べて欲しかった。沖田においしいって言って欲しかったアル」
掌で、頬に伝う涙を拭う。
そんな神楽を見ていたまた子は、手さげ袋に入っている、神楽と同じ思いを込めたラッピング袋を取り出した。
それを、ゆっくりと、解いていく。
「ま、また子……それは……」
神楽の方をみて、ふわりと笑う。
「いいンす。神楽ちゃんと一緒に食べた方が、きっとおいしいから」
また子の掌に握られているのは、まちがいなく高杉へのプレゼントにする予定だった、お菓子。
それを神楽と同じ様に、ほどいていく。そしてそれを口に運んだ。
「うん、おいしい。上手く出来てるッス」
そう言いながら、また子は、また笑った。
言葉に、上手くできない。
どんなに、ありがとうを並べても、ぜんぜん足りない。今こうして自分が前をむいて、歩いていけるのは、いつも側に居てくれるからだ。
「高杉は、幸せものアルナ」
神楽から出てきた突然の言葉に、また子は喉をならした。
「な、何言ってるンスかっ! いきなり」
「いきなりって、本当にそう思ったから言ったアル」
そう言った神楽を見て、また子は照れ隠しをする。
「も、もう、神楽ちゃんってば、いつのまにそんなにお世辞が上手くなったンスか?」
「お世辞なんかじゃないアル、れっきとした本心ヨ」

ふふっと笑う神楽に、また子は恥ずかしそうにそっぽを向く。
「まったく、沖田さんに神楽ちゃんの教育を、もうちょっとキチンとする様にお願いするッス」
「ああ〜! またそんな事言ってえ! また子ってば!」
言いながら顔を見合笑う。






そんな二人に、ほんの少しづつ、少しづつ、近づいてくる歌があった。
それはとても遠いはずなのに、何故か近いような。
とても気味が悪い、鳥肌がたつ様な……。



「まいごの、まいごの、か〜ぐ〜らちゃん、あなたは一体どこにいるの? くくく……くくくっ」



・・・・To Be Continued・・・・・
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