act 26

人の心の奥底にある感情は、ある意味、最も正直なモノである。
沖田はそれを必死に隠そうとはしていたが、そうすればするほどそれは滲みでてきてしまった……。



神楽のあの事件があってから、沖田の中では、どんどんとイライラが募っていた。
それを神楽には出さない様にとすればするほど、彼の中はぐちゃぐちゃにまみれていった。

それが神楽に伝わらない訳がなかった。
近頃の沖田は、何処か上の空、話しかけても、適当に流されるだけだった。


あの事件から、落ち着いてきたばかりの神楽だっただけに、落ち込むのに時間はかからなかった。
考えてはいけないと分かりつつも、もしかしたら、やっぱり自分の事が嫌になってしまったのではないかと、どうしようもなく不安に駆られた。

やんわりと繋ぐその手も、ほんの少しだけ掴むその服の裾も、前はもっと気持ちが高鳴ったのに、何故か冷たかった。

沖田の心が、自分の所にない。

神楽は恐怖に駆られるようになった。
寝る前に、考えては眠れなくて朝を迎えた。話す時、何を話したら沖田が反応してくれるのかが分からなくて、話す言葉がなくなってしまった……。

沖田は、神楽の事が好きだからこそ……あの事件が許せなかった。
しかしそれゆえに、大切なモノが、少しづつ、少しづつ、彼の手の中から零れ落ちているのに、気がつかなかった……。





「神楽ちゃん。大丈夫、心配しないで」
物思いにふけっていた神楽の横で、マドレーヌの型に、不器用に生地を入れるお妙が居た。
その真向かいで、同じように、また子が、そしてその隣で、誰よりも器用に型に生地を流しいれるミツバが立っていた。

「そうッスよ。あの沖田さんが、神楽ちゃんを嫌いになるなんて、考えられないッス! だってあの沖田さんッスよ? あの!」
また子達に相談をもちかけてみたものの、沖田が神楽を嫌いになるはずがないと、神楽を励ますだけだった。

神楽がマドレーヌの生地を持ったまま俯いていると、自分の分を流し終えたミツバが、神楽の側へとやってきて、そっと神楽の手の上に自身の手を重ねた。

「神楽ちゃん。上手にやけたこのマドレーヌを持っていったら、きっと総ちゃんだって喜ぶわよ」
ミツバの手の動きと共に、生地を型に流し込んでいく。
近頃の沖田の笑顔でさえ、心を感じられない。いつも何か別の事を考えている風だった。
そんな沖田にまた昔みたいに喜んでもらいたい。心から笑って貰いたい。
そう神楽は、銀八に、放課後家庭科室を貸してもらえるように頼んだのだった。

「焼きあがる頃には、沖田さん達も終わってるッスよ」
鼻に生地をつけたまた子が言った。

「そうね、先生がうまく雑用を押し付けてくれて助かったわ」
お妙は言いながら、時計を見た。
時間稼ぎにと、面倒くさがる銀八に沖田達の時間を縛ってもらったのは、30分ほどまえ。
あの沖田達を縛っておくのは至難の業だったが、きっと彼だからこそ、上手く縛り付けていてくれるだろうとお妙は思っていた。

「喜んで……くれるかな」
「当たり前じゃない! 神楽ちゃんの初の手作りのお菓子なのよ」
お妙は言い、満面の笑みを返すと、神楽はちょっとはにかみながら流し込んだ生地をオーブンの中へと入れた。

「さ、次はラッピングッス! もうむちゃくちゃ可愛いのを選ぶっスよ」
また子はビニール袋に買っておいたラッピング用品を、一気に机の上にとばらまいた。
「どれがいいかしら?」
「青も可愛いと思うわ」
「だったら黄色ッス」

三人は彼氏にどんな色で、どんなラッピングであげようかと幸せそうに選んでいる。
それが神楽には、眩しかった。
沖田はお菓子を渡して、喜んでくれるのだろうか?
そんな思いが胸に突き刺さって離れない。

「ほら、神楽ちゃんも一緒に選びましょう」
立ち尽くしている神楽の手をお妙は引いた。
「沖田さんは、何色が好きなんスかね〜」
「あら、総ちゃんは、きっと何色だって神楽ちゃんが選んだものなら気にいると思うわ」
気にかけてくれるまた子達の心が、神楽にとっては何よりも嬉しい。
近くに居て、また子達の心も、自分の心も、ちゃんと通じているいるのがこんなにも分かるのに、誰よりも近くに居たい沖田の心は、どれだけ近くに居ても、届かない気がする。

神楽は、また子に、唐突もなく抱きついた。
また子達は驚いたけれど、すぐに、柔らかく笑ったかと思うと、神楽の頭をよしよしと撫でた。






「じゃ、神楽ちゃん、頑張ってね」
ラッピングしたマドレーヌを持ったお妙達は、それぞれの男に持って行く為に、神楽に手をふり別れた。

シンとした教室は、神楽の心臓の音をいつもよりずっと強調させる様だった。
こんなにドキドキするのは、久し振りだった。付き合い始めも、よくこんな風に自分は心臓の音を鳴らしていた。
そしてそんな自分の事を可愛い、愛しいと思う沖田の気持ちが、神楽にも伝わってきた。

もう一度、そんな沖田を見たい……。
そんな沖田の心に触れたい……。

思っている神楽の耳に、扉が開かれる音が聞こえた。

教室の扉の音が神楽の鼓膜へと届くと同時、神楽の心臓はこれ以上ない程に跳ね上げた。
神楽が勢いよく振り向くと、沖田の視線とかちあった。

「あ……悪かったな。待たせちまって」
「う、ううん! ぜ、全然待ってないアル」
後ろでに、神楽はラッピング袋をもじもじとさせた。

いつもの様に、神楽は自分の後を当然ついてくる。
そう思い沖田はさっさと神楽に背をむけた。

「お……沖田っ……!」
教室の中で、思ったよりもずっと大きく出てしまった神楽の声が響いたので、沖田は驚き振り返った。
神楽は沖田の目の前まで歩いていくと、ピタリと止まった。
後ろでに持っていたマドレーヌを、神楽は沖田の前に、おずおずと出した。

「こ、これ……作ったアル」
恥ずかしすぎて、目があわせられない。
神楽はぎゅっと目を閉じたままそれを差し出した。
沖田は面食らった様だった。
そしてしばらく唖然としていたが、そっとそれに手を伸ばした。

「あ、ありがとうございまさァ」

まだそれは、少し温かい。
少しでも早く沖田に届けたい。そんな神楽の思いが沢山に詰まっていた。
神楽がそっと顔をあげると、そこには照れた沖田の顔があった。
わっと神楽の顔も、赤く染まった。そしてすぐに、嬉しさが神楽の体の中に満たされた。

「あのね、コレ――――」


弾む神楽の言葉を挟む様に、突然沖田の携帯が鳴った。
沖田は片手にラッピングされたお菓子をもったまま携帯のボタンを押した。
電話口から、高杉の声だけがほんの少し聞こえた。

「アイツ等……今この街に来てるって情報が入った」

途端、沖田の瞳孔がかっ開いた。
その時だった。
神楽が一生懸命に作ったマドレーヌから、沖田は意図も簡単に手を離した。
重心を失ったそれは、簡単に傾いた。けれどそれを沖田は気にもする様子もない。
「悪りィ。すぐに帰ってくるから、ちょっと此処で待ってろ!」

沖田の声は、神楽の耳に入らない。
ただただ、その傾き、体勢を崩したそれが、宙に舞うのを、ボー然と目で追っていた。
キュっと言う、上履きの音が廊下に響いた。遠ざかる足音……。

そして……グシャリと落下しつぶれた、まだ温かいマドレーヌの悲鳴が、神楽の心に聞こえた。

足音がなくなった教室。
神楽は言葉をなくしたまま、それを見下ろした。
頬に涙がつぅーっと伝った。

頬が震えたかと思うと、それがあっと言う間に小さな唇まで伝染した。
鼻の奥がツンと痛む。視界が歪んだ。堪えきれず瞬きをすると、一気に涙がこぼれ出した。

「……っ……」

力なくしゃがみこむと、沖田に一瞬だけ渡せたマドレーヌを拾い上げた。
沖田に早く食べてもらいたかった、温かいマドレーヌは、その形状を壊されていた。
べたりとくっ付いたそれは、可愛らしくもなんともなく、まるで自分自身がそうされたかの様に思え、虚しくて、辛くて、惨め過ぎた。

押し殺す神楽の嗚咽。
それを邪魔するかの様に聞こえてきたのは、沖田専用の着信だった。
まだ涙で濡れた手で携帯をそっと出すと、震えながら、必死でボタンを押した。

「もしもし? 悪かったな、突然飛び出しちまってよ。今から教室に戻りまさァ。そしたらその――――」
「もう……いいアル」
「はっ!?」
「もう……っ……無くなってしまったアル……」

神楽の声が震えている事に沖田が気付くまで、時間はかからなかった。

「ちょっと待っ――」
プツッ――――。

震える声。押し殺した嗚咽。唐突に切られた電話。
「沖田……? オメー真っ青だぜ」
高杉の声なんて沖田の耳には入らない。

ただ思い出した様に自分の脳に入ってきた、あの教室での電話の直後の記憶――。




俺は――――何て事をしちまったんでィ――――。


……To Be Continued…

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