act 14

「お妙さん…。傷の方は大丈夫ですか?」
近藤はお妙についた細かなガラスをはらいながら言った。
「大丈夫です。こんなの神楽ちゃんに比べたら…全然…。」
言いながらお妙は、また子やミツバと一緒に暗くみえないその先の部屋を見た。
「沖田さんにまかせといて、大丈夫ッスか?やっぱり今は神楽ちゃんに会わせない方がいいような気がするんス。」
また子は痛めた腕お庇いながら、不安げに高杉を見つめた。
「いや、ここまで来たんだ。沖田の方がいいと思うぜ。」
「だって、神楽ちゃんがっ――。」
その先の言葉を口にするのを、また子は躊躇った。そして、それを皆理解していた。
陽のあたる場所に自分達が出たからこそ、其処はまだとても暗く、濁っていて、それでも沖田なら…そう願わずには居られなかった。

.......


「俺の服貸してやる。」
「嫌アル!」
抱き締めていた華奢な体を離し、そのボロボロの制服から身を隠せるようにと沖田は服を脱ごうとした。しかしそれを神楽は拒んだ。あっと言う間に沖田の体にピタリと身を寄せた。沖田の斜め下の視界には、拒絶したい様な神楽の姿がある。もう一度宥める様に言っては見たが、神楽の声が嫌だと震えだしたので、とりあえず神楽の思うままに、背中を落ち着けとさすった。
さすっていると、神楽が何かを言ってる様に思えた。錯覚か…?沖田は思ったけれど、もう一度発せられた声は先ほどよりははっきりとしていて、間違いなく沖田の耳へと届いた。

「見ないで…。こんなの…見ないでヨ…。お願い、沖田――。」
神楽は胸元のシャツをきゅっと掴んだ。沖田は神楽の細い肩をきつく抱き締めた。
離れれば、すぐに晒される自分の体を、沖田だからこそ見て欲しくなかった。


何で…。何でこんな事に…。沖田は改めて自分を憎んだ。自分ならまだしも、どうして神楽を狙われなければならなかったのか…。自分がモテる事を鼻にかけた事なんか一度だってない。ただ寄ってくるならと、つまみ食いした事は何度かあった。けれど神楽と付き合ってからは、そんな思いさえ浮かばなかったし、考えたこともなかった。どんなに喧嘩しても神楽と別れるなんて思った事はないし、どんなに言い合いしても、自分から折れる位、神楽の事が好きだった。好きだったから我慢が出来たし、好きだったから幸せだった。

自分が大切にすればするほど、その矛先が神楽に行くかもしれない。考えた事はあったけれど、唯一自分にはむかってくるあのパワーがあれば、そこまで心配する事なんてないとおごった自分を呪った。

今自分の中で今にも折れそうな神楽の何処にそんなパワーがある?
どこにそんな逞しさがある?

ずっと、ずっと、知られたくないと思う反面助けて欲しいと叫んでいたのに…。

唇をきつく噛み締めると、切れたその場所から鮮血が沖田の口の中で染まった。
「―――大丈夫だっていったろィ…。俺は何も…。」
そんな事ない…。神楽は沖田の腕の中で首を振った。
「見ちゃ駄目…。離れないでェ――。」
「――俺を信じちゃ、くれねーか…。」
「信じたいヨ…私だって信じたいアル…。けど恐い、恐くてたまらないアル…。沖田はどんな目で私を見るんだろうって、又あんな目をされるのかって…。そう思ったら体がすくんじゃうアル。沖田…。私そんなに強くない…。強くないヨ――。」
ぶわっと零れた神楽の涙。堪えていた思いと一緒に零れた。神楽の姿を見た時のあの瞳、それさえも神楽を恐怖の中へと突き落としている。こんな所でも自分が神楽を苦しめている。沖田だからこそ、神楽を苦しめている…。

「すまねェ。本当にすまねェ…。助けてやれなくて…。守ってやれなくてッ――。」

誰よりも、何よりもまず自分を殺してやりてェ――。
沖田は止めどなく溢れる神楽の涙を何度も、何度も拭ってやる。それでも溢れてくる涙を、それでも必死に拭った。わなわなと震える唇を、切れた端に、そっと唇を重ねた。目を瞑った神楽の目尻に、すぅっと涙が静かに伝った。傷口を舌先で舐めてやると、神楽の顔が微かに歪んだ。それでも沖田はやめずに、其処を何度も舐めて刺激し続けた。すると麻痺してきた其処の部分は、沖田の熱で侵された。

神楽のふっくらとした唇に、改めて沖田は熱を重ねると、舌先から神楽の熱をすくった。ピリッと傷口が愛撫の所為で開きかけると、沖田は丹念に再び其処を舐め麻痺をさした。そして又熱を神楽の舌先に絡ませる…。

やっと離れた頃には、二人の間からつぅっと糸が柔らかく引いた。
「俺は今でもお前に惚れている…。それは今でも変わらねェ。そしてこれからもだ…。」
「変わらない…。信じていいアルカ?」
「あァ、コレだけはお前にだって誰にだって誓えらァ。なんだったら両手に手錠かけて繋いどいてくれてもかまわねー。お前だったら俺は…。」

沖田の下、神楽はふっと柔らかく笑みを出した。
ほんの少し、沖田も救われた気がする様な思いがした。

「嫌い…に、ならないアルカ?」
腕から頭を出し、沖田の顔を見上げる神楽のおでこに、沖田はちゅっと音を鳴らしてやった。
本来ならば、この男が、こんな甘いキャラじゃない事は神楽は十分に知っている。自分が転校してくる前までは、付き合ってもない女子と、いつの間にか消えていた事もあったって話も聞いた事があったし、教室のすぐ出た廊下で、何人も泣いてる女子を冷めた目で見ていたって話も、もう何度となく聞いた事があった。

こいつは一生恋なんて出来ないアル…。そんな話を聞きながら、まさかその男が自分に惚れているとも知らずにそんな事をよく思ったものだった。
そう思うと、自分の知らない沖田が、まだまだ沢山ある事に気付いた。
自分が知っている沖田は、よくからかってくる、顔がいいだけのサド野郎だったと言う事。そんな男がありえない程優しく、それでいて、Hだと言う事…。

「こんなんだったら、早く…もっと早くお前と…。」
「そんな事言うもんじゃねー。俺は急がなかった事を後悔なんか一度だってした事なんざねェ。そしてこれからもするつもりはねェ。どんな目にあっても、オメーはオメーだ。」

神楽は、小さく頷いた。目尻に涙が浮かんだ。
「ね…。私、ちゃんと抵抗したヨ…。ちゃんと頑張ったヨ…。ちゃんと叫んだアル…。」
「あァ…。知ってらァ。もう何も言うんじゃねー。」
神楽が無抵抗だった事じゃないくらい、その掠れた声と擦り傷、殴られた跡、何処からでも予想する事ができた…。



「沖田…。あのね…。」
「もう何もしゃべんじゃねーッ…。全部忘れ―――。」
沖田の言葉を聞き入れずに、神楽は聞いて欲しいと、声は震えているけれど続けた。
「私、いっぱい殴られたけど、いっぱい触られたけど、ちゃんと守れたヨ…。」
沖田の目が大きく開かれた。
何かの聞き違いだと思った。土方から聞いた神楽の様子では、とっくに…。
「私、まだ綺麗かな…。汚くないよネ…。沖田…。」
あれほど離れる事を嫌がった神楽の体を沖田は勢いに任せ離れさせた。
あまりに突然の事で、神楽はされるままに唖然としている。
確かに今でもその跡を見ただけで、全身の鳥肌が立ち、堪えようのない怒りが体を、脳を巡った。
けれど、まだ… … … 未遂…と言う事?

神楽はなんとも言えない表情をしたかと思うと、もう笑うしかないとでも言う様に、儚く、微か笑った。
そんな神楽の体を、改め沖田は引き寄せ抱いた。さっきから一体何が起っているんだと、神楽は驚いた表情をさせた。

「よかっ…マジで俺…つーか本当…。」
もう言葉にさえならないらしい。神楽は困った様に首をかしげた。けれど次の瞬間、此処にきて沖田は神楽をぎょっとさせた。
「沖田…。」
抱き締められてる見えない向こう側、沖田の声が震えていた。
神楽が沖田の体から離れようとしてけれど、増して沖田の力は強くなって神楽の体を離そうとはしなかった。見えない向こう側、何となく予想がついてしまった沖田の事。散々泣き腫らしたホッペに、今日はこれで最後アルと嬉し涙を神楽は伝わした。


……To Be Continued…



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