何も聞きたくない。何も見たくないヨ。
あたし何で?どうしちゃったアル…。
分からない。分からないヨ、ねェ。



――――神威のばか。

.......

「神威ィ!そっちの食器も下げるアル。――ねェ、ちょっと聞いてるア…。」
ガチャガチャと食器がぶつかる音を立てながら、そんなに音を立てたら割れてしまうわと言う食器に悲鳴が聞こえてきそうな中、神楽は面倒くさそうに振り向いた。
今しがた自分の食事を終え、まもなく食事を終える神威に、食べたら下げてと念をおしたばかりだと言うのに、幾度も幾度も待てど、その気配は無い。
振り向いた神楽の視線にある物は食べ終えた食器の跡とソファの上でスヤスヤと速くも寝息を立てるその綺麗な顔だけが見えた。

神楽は、口を大きく開け、頬をふくらましながら神威の方へと足を向けた。丁度神威の前に仁王立ちになりながら睨むように見下ろした後、神威の首根っこを掴み振った

「ちょぅ!起きるアル!てか食器下げろって言ったアル!寝るナ、コラァァ!!」
揺さぶる中、神威が聞こえるか聞こえないかの声を発する。
「―――ら。」
あまりにも小さな声だったため、聞こえなかった事もあり、神楽は眉間に皺を寄せたまま、耳を神威の元に近づけるために顔を寄せる。
が、耳元に持っていった自分の顔に、男の手が伸びてきた――。
そう感じた一瞬の間、後頭部に手を添えられたと思った時には、重なっていた。
ありえない感触と、ありえない温度が…。

目を見開く、両手を神威の胸の前に入れ込み強く押す。が、その力はビクともしない。神威と自分の力の差は嫌でも知っている。
敵う訳がない事も知っている。それでも、そうせられずには居られなかった。
ひと息つく暇さえ与えてもらえない。もがこうとするが、男の大きな手は神楽の後頭部を覆い力強く引いてくる。
生暖かい神楽の舌を絡めとる。何がなにやら分からない神楽は、目を見開いたまま首を振り続ける。

絡められる舌の奥深く、声を発するために力を鼻から吸った。すると途端その強い力から解放される。
温度も、感触も呼吸も、神楽の中から消え去った。驚いた様に、神楽は神威を見てみたが、先ほどの様に寝息を立てていた。

再び神楽は口を大きくあけ、何か言いたそうに手を首元に持って行こうとしたが、その手をピタリととめる。
そして、顔を歪ませたまま、乱暴に神威の食器を持ちそれを乱暴にシンクへと放り込んだ。
思わず割れた様な音を置き去りに神楽は自分の部屋へと入ってしまったのだった。


...........


「あっ。神楽おはよう。」
食パンを片手に、テレビを見ながら神楽に一瞬視線を移し、いつもの様に笑う。
コメカミを抑えながら部屋から出てきたのは神楽だ。昨夜一睡も出来なかったのを、その目の下のクマが物語っていた。
驚くほど普通の神威の態度に、昨夜寝ぼけていたのかと神楽は考える。
「お前…。昨日…。」
其処まで言った後、口を噤む。神威は食パンをほう張りながらカフェオレを喉に流し込みながら、テレビから神楽へと、再び視線を移した。
「ん?」
「あ…。いや、えーと、な、何でもないアル!」
神威は一瞬顔をしかめたが、直ぐにテレビの方を向き、残りのパンとカフェオレを流し込んだ。

目を合わしにくい神楽はトースターをジーと凝視する。トースターの中が赤く火照る。
神威がリビングから居なくなるのを確認して、やっと神楽は大きなため息を付いた。
―――昨日のアレは一体ナンだったアルカ?―――

昨夜から幾度となく考えたが答えは出ない。誰かと間違えたのか…。そう思う神楽の胸にチクリと針が刺さり顔を歪めた。

放課後、神楽が家に帰ると二階の神威の部屋から女の声が第一声で聞こえた。そして玄関先には女モンの靴。真っ先に考えた。彼女だと。
いつもなら、どちらが帰っているならば、必ず部屋に顔を出して声をかける。特に神威の場合、気が向いたように喧嘩をして帰ってくるため、遅いときはトコトン遅い。
だから早く帰って来たときは自然に笑みが零れた。しかし今日の神楽は、その靴を見ながら立ち尽くし、しばらく二階を見つめた。
下唇をかみ締める。自分の行動がよく分からないまま、音を出さないように二階へと上がる。次第に声は高く神楽の聴覚を刺激した。

耳を塞ぐように、部屋に入り、内側から滅多にかける事のない鍵をかける。ipotを耳にし、音をガンガンに響かせ、ベットの上に寝転がり、布団を被った。

....

聞きたくない。何もかも、見たくない。何も…。
あたしどうしちゃったアル。何でこんなに胸に針が何個も刺さるネ。
チクチクして、痛くて、痛くて、泣けてくるアル。

何で泣けるネ。何で泣くノ?胸が痛いから?あたしを誰かと間違えたから?
あんな事されたから?嫌だったから?覚えてないから?

ぐちゃぐちゃで分からないヨ。神威が覚えてないなら、いっそあたしの記憶からも消して欲しいアル。
こんな針の傷み知らない。何も気付きたくない。気付く?気付くって何アルカ?
あぁぁ、もう分からないヨ。

......

音量を更にあげる。イヤホンからは大音量の音が漏れる。神楽の鼓膜は、ひび割れそうになったが、それでも胸のチクチクと刺してくる痛みよりはマシに思えた。
布団の中の酸素を食い尽くして、苦しくて、それでも布団の中から出なかった。暑苦しくて、酸素は薄れていく中、同じように神楽の意識も深く眠りへと薄れていった。

ゆえに、自分を起している人物が部屋の中に居ると言う事態に気づくのが遅れた。

「―――ぐら。か〜ぐら。」
自分を呼ぶ声にいまいちピントを合わせられないまま、神楽は目をこする。一度瞼を開ける、すぐ閉じる。瞼をパチパチとする、閉じる…。

「のわァァァ!!なななんで此処に神威がいるアルかァァ!!」
飛び起きる。まずベットに居座る影を発見する。すぐさまドアへと視線を向ける。

「ドア!壊れてるアル!」
「あぁ、だって鍵掛けてただろ?」
「だろ?じゃないアル!鍵を掛けてるって事は入るなってサインアルヨ!」

鼻息荒く、そこまで話したトコでこの状況に気付く。ふと、神威から視線を落とす。すると、神威が顎を掴んだ。

「泣くのはちょっと誤算だったな。」
神威は柔らかく笑う。が、どうしてかその奥にはS成分が混ざってるように思えて仕方が無い。
「どう言う事アル。誤算って何アルカ?」
「ちょっと神楽を―――。」

その言葉が終わらない内に、神楽は手を振り上げ、神威の頬へと振り下ろす。しかしそれを容易く神威は掴む。神楽は下唇を強く噛み、顔をくしゃりとさせた。
「あたしッで――。遊んでたアルカ?」
「遊ぶ?まさか、神楽を手に入れたかっただけだよ。」
相変わらず神威はポーカーフェイスを崩さず、ニコニコと笑っている。神楽は、全く意味が分からないと言う面持ちで神威を睨んだ。
その顔を見た神威は、鼻で笑うと、顎を掴んだまま、重ねようとする。それを神楽は拒む。その手を神威は掴み、頭に手を沿え、引く。
「やっッ!嫌アル!止めてヨ!」
部屋に神楽の叫んだ声が反響し、神威は手を止める。神楽は、呼吸を乱し、背中を上下させた。
「何でこんな事っ…アレも、アレもワザとアルカ?」
「そうだよ。」
意図も簡単に認めた神威に、神楽は唖然とする。そして再び顔を歪ませ口を開く。
「何でッ!」
「好きだから。」

簡単に言い放った神威の言葉に、神楽は意味もなく言葉を、飲み込んだ。唖然とし、神威を真正面から見つめる。
「かぐらが好きだから…。」
もう一度、神威は言った。とてもからかってる様な目じゃない。もう一度喉を神楽は鳴らす。
「意識してほしかった。そういえば、馬鹿な神楽でも分かる?」
再びニコニコとした表情に切り替える。何が本当か、信じていいのかさえも分からない。
神楽は眉間に皺を寄せた。いつになく表情をくるくると切り替える。
だがそうでもしなければやってられない程の状況に今、確実に自分は置かれている。そう確信できた。

神楽は意を決した様に口を開く。
「だって、女の子の靴…。」
「言っただろ?意識してほしかったから。声をかけて一役かわさせただけ。ヤキモチ妬いて乗り込んでくるシナリオを描いてたんだけど、まさか泣くとは思わなかった。」
ふぅと息を神威は付く。
「じゃぁ、あの子…。」
「帰ったよ。」
ほんの一瞬神楽の顔が緩んだのを神威は見逃さなかった。神威は神楽の体をゆっくり寝かせた。いや、押し倒した。瞬く間に神楽は口を大きく開け、慌て始める。
「なな何してるネ!」
「何って、シたいんだけど。」
「シ?!シタ?!ちょ!ままま待つアル!」
「だって、神楽も俺の事スキでしょ?」

はわわと神楽の口はわななく。蒼と蒼の瞳が上と下とで重なった。肯定は恥ずかしく出来ない。とは言え、とても否定なんて出来ないほど気持ちは決まっていた。
神楽は何か言いたそうに口を動かすだけ動かした。しかし其処から言葉は出てこず空気に溶けた。そんな神楽を見ながら神威は、ふっと笑った。

あまりにも無防備な神楽。とっくに自分の中では欲していたのに、全くと言ってイイ程神楽にはその気がなかった。だから少し強引で、危うい賭けに出た。
恐らく自分は独占欲が強い。多少ネジ曲げてでも手に入れたかった。其処までする価値があるものだった。
得ることが出来なければ失う事に繋がる事も分かった上での賭け。
自分自身の中で、ポーカーフェイスなんて、とっくに崩壊してた。
あの日、あの時間、絡めた舌先に忍ばせた一本の針、これに全てを賭けた。
血液の中を巡り、細胞の中に潜り、たどり着いた先に見えるは心臓。其処に刺すことが出来るか。
もしくは神楽の細胞で溶かされ破壊されるか…。あの温度に、自分の気持ちと重さを賭けた。
自分の手の中に落ちてきた欲しかったモノを、誰にも触れさせないように、しばり付けたかった。

それだけの感情が、神楽の照れた顔を見た途端、全て、全部、溶けた。
本当に敵わないのは自分の方だ…神威は思う。
自分の下に居る神楽の頬を触る。神楽はひゃっと声をだすが、嫌がっている様には思えない事が神威に伝わる。

「嫌?」
神威が聞くと、神楽の顔は、くしゃりと恥ずかしそうに崩れた。困ったように、悩むように、ちらちらと神威の方を見る。
右に、左に、上に、下に、絶えずキョロキョロ動く蒼色。きゅっと唇をかみ締めた後、神楽が言葉を出す。

「ちゅ、 チューくらいならしてやってもイイアル。」
予想外の神楽の言葉に神威は一瞬言葉を失い、神楽の前で初めてポーカーフェイスを崩し、たまらなそうに笑った。
その顔を見た神楽は不覚にも、自分の中心部の音が早く、高く唄を奏でるのが分かった。

神威によって放たれた一本の毒針は神楽のハートに見事刺さり、じわじわと溶けて行き、まもなく神楽の細胞と一つとなる。
その傷みは、初め泣きたいほどの痛みだったが、甘く、甘く疼く様な傷みにへと変化していく。
それが堪らなく嬉しいと思う神楽だが、どうも素直になれない。
神威は、神楽の鼻先1cmのトコまで落ちる。唇が微か触れる。息がかかる。
「じゃぁ、舌も入れていい?ガッツリと…。」
飄々と神威は言い放つ。んなァ…。神楽は唖然とする。
少々考えるそぶりを見せた。そして口を尖らす。唇は触れる。
「だ、駄目アル…。」
触れた温度から唄われる神楽の本音を神威は聞き取り、満足そうにその舌を絡めた…。

FIN

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