影月深夜の憂鬱2
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結論から言うと、姉から聞いた話は突拍子もないことだった。
大雑把に言うと「異世界に行っていた」ということだ、一部の人は羨ましがりそうだとか思ったのは内緒だ。
ここは普通なら頭がおかしいと思うところだが、前でも言った通り僕は不思議現象を信じる性質だ。
第一、姉はそんな冗談を好むような人ではない。そんなくだらない事で職場に顔を出さないなんて人ではないのだ。
そもそも近所付き合いも僕より姉の方がよくしていたし、「良いお姉さんを持ったわね」と近所のおばさんに言われたりしたものだ。
ある意味、僕のことを貶しているとも取れる訳だがそんな捻くれた思考をするほど出来は悪くない。僕も姉の方が出来が良いと思う。
そんな姉がきれいさっぱり存在後と忘れられている理由が、その異世界に行ったことだとしたら納得…出来ない事はない。認めたくはないが。
姉はその異世界の神様の手違いにより異世界へ飛ばされてしまい、その神様の体たらくにしっかり者の姉が黙っているわけもなく。
その神様の面倒を見ているらしい。どうしてそうなった、と言いたくなった僕は間違ってないと思う。
「俺みたいに手違いで向こうに行ってしまう人が居ると困るだろう」と当然のように言う姉にそんなことは言えず、俯くだけにしておいた。
そんな僕を見て何を思ったのか姉は頭をなでてきたけど、とりあえずスルーしといた。こういうときの姉はよく分からない。

ある日、僕の親友とも呼べる人が消えた。目の前で消えたといっても過言でもないし、僕が消してしまったとも言える。
その親友とは幼馴染で、昔から遊んでいたけど近頃は学校が違う事から会えていなかった。
僕は寂しさのあまり親友に頼ったのだ。このとき僕が頼らなければ…なんてことは言わない。
確かに僕は親友を頼ったがそれが駄目な事とは思わない、きっかけとなってしまったのは確かだけど。
親友も僕と同じく不思議現象を信じる性質だった。僕たちの地元にも不思議な伝承があったりする。
僕はそれを調べに行ったり、そういった本を読んだりすることも多いから変わり者扱いされていた。
親友は色んな事に手を出す人だったから不思議現象自体にはまる事はなかったけど、僕の話に賛同を示してくれて。
久し振りに会った時でもそれが変わっていない事に酷く安堵したりした、思った以上に久し振りに会うことを不安に感じていたらしい。
僕が姉が長期出張でしばらく居ないからと告げると、「なんと言うか、昔から大変だよな」と同情の眼差しを向けられた。…解せぬ。
それからは僕が一人だという事を気にしてか、よく遊びに誘われるようになった。姉が消えてからの寂しさを親友は忘れさせてくれたのだ。
しかし数ヶ月後、僕の体調が急に悪くなった。今思えば身体がだるいとか、軽い症状じゃなかったのが運の尽きだったのだろう。
僕は『視力・触覚・味覚・聴覚・嗅覚』五感が少しずつ感じられなくなっていく症状に見舞われた。
原因は不明、医者もお手上げの状態だった。その症状は一ヶ月、二ヶ月と続いたが姉がこちらを訪れる事はなかった。
そんな症状に見舞われてからもしばらくは学校に行っていたが、どんどん酷くなるにつれて通学自体が難しくなりと流石に休むことになった。
入院する事も勧められたけど、どうしようもなくなってからでいいかと思って定期健診の自宅療養で許してもらった。
親友にはこの事は伝える伝えない以前に、会って一瞬にしてバレた。僕ってどれだけ分かりやすいんだ。
親友曰く僕は「普段眼を合わせない癖に、隠し事しようとすると相手の眼をよく見るようになる」らしい。
眼は心の窓って言うのに我ながら馬鹿である、今度から気をつけようとは思う。直るかどうか分からないけど。
景色から色が少しずつ消える、自分が手を握っているのかどうかも分からなくなる。音が聴こえなくなるにつれて僕は何も感じられなくなる事に酷く恐怖を感じた。
もしかしたら、死ぬより怖いのではないだろうか。何も見えず聴こえず感じられずに生きるというのは、生き地獄といっても良いかもしれない。
親友は放課後毎日のように僕の家に来るようになった、ある日僕に「来てほしいところがある」と言って多分手を引かれて行ったんだと思う。
この時はもう色しか認識できないくらいぼんやりとしか見えていなくて、耳はまだ大丈夫な方だけど前よりは聴こえづらくて、触覚はもう無かった。
連れられたのは下に緑色が広がっている場所、後から確認したら森を一望できる高台だった。
親友はそこで「この場所、ある伝承があるんだ」なんて言って、それを聞いた瞬間に何か嫌な予感がした。

「ここは昔の人たちが神を祭っていた祭壇で、何かを願う時は生贄を捧げていた場所なんだって」

このときばかりは不思議現象を信じていた自分を、親友に話していた自分を殴りたくなった。

「今でも時々噂になってるみたいだけど、ここから身を投げたらその…勇気?心意気?によって願いが叶うんだって」

そんな曖昧な事を試す必要なんか無いって、嫌な予感が強くなってきて親友の水色の服を掴む。

「あれ、もしかして心配してる?これくらいじゃ死なないから大丈夫だって、ちゃんと下見もしてきたから」

そういうことじゃないんだって、言ったところで不安なんか感じていない親友は聞いてくれないことも知っていた。
親友は「身体良くなったらまたどこかに遊びに行こう」そう告げて、目の前から親友の色が消えた。
その後の事は覚えていない、気づいたら病院に運ばれていた。症状が良くなっていっているとも言われた。
相変わらず原因は不明だと返されたけど、親友が何かしたとしか思えなかった。あの伝承が本当だったのか、それとも…。


自分の体調がある程度回復して、自宅療養が認められた頃。姉が家に帰ってくるようになった。
僕に「悪かった」と言いながら抱きつかれたときはどうしようかと思った。なんで謝られているのか分からない。
僕が何故謝るのかと聞くと、僕の体調不良は姉のときと似たようなものらしく向こうの世界が不安定になった事でこちらの世界にも影響が出たとのこと。
僕以外にも困っていた人が居るんじゃないかとも思うと本当に困ったものである、異世界の神様は本当に何やってるの。
「やはり向こうの世界の管理しっかりしなければならない」と姉は険しい顔して言うし、親友も姉と同じような現象で巻き込まれたとか言うし。
散々だ、考える事を止めたくなる。どうしてこう自分の周りばかり消えていくのか分からない。運が悪いのか?
姉が異世界の神様に何を言ったのか知らないけど、定期的にこちらに来ると言っていた。職権乱用みたいな事をして良いのか。
そもそも、こっちの人間に面倒見られる異世界の神様って一体…。世の中には色んな神様が居るようだ。
ちなみに異世界って言ってもどんなところか僕は知らない、聞かないから姉も言ってこないだけなんだけど。
ただ、姉にいつまでそうするのかって言った事はある。だって、こっちでは姉のことが未だ僕以外の人から消えたままなのだ。
もしかしたら親友も消えてしまったかもしれない、勘弁してほしいものだ。流石に気が滅入ってくる。
異世界の神様の手違いならその神様に頼めば姉も親友もまたこっちで過ごしていけると思うのだが、姉は納得するまでこちらに戻る気はないかもしれない。
色々考えても結局は寂しくて、つい言ってしまったんだ。一人残されてる僕の気持ち分かる?なんて、我ながら醜いと思う。
姉にそんな八つ当たりをしたって意味無いのに、姉が悪いわけじゃないし僕が悪いってことでもない。
気持ちの問題というのは難しい、そう思わないようにって考えたって考えてしまう。寂しさは時に人を酷く弱くする。
…だからと言って、まさかこんなことになるなんて思わなかった。なんて、言い訳にしかならないだろうか。
姉から渡されたカプセルのようなどこか見覚えのあるボールと、目の前に立って居る者を凝視しながら、僕はこれからどうしようかを考えていた。


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