シャッシャッと、淀みのないテンポでなまえが鉛筆を紙に滑らせる音が夜の部屋に響く。
俺の自室の広すぎるベッドで、なまえがデッサンをしているのを隣で寝転んで眺めるのが俺にとって最高に至福の時だ。
なまえはまだそれほど広くは名を知られていないが、熱狂的なファンも多く存在している。まぁ、俺もその一人なんだけど。
そんななまえの絵を描く時間をこんな風に独占出来るなんて、ものすごく贅沢な事なんだと思う。
俺のところに連れてきて、風呂に入れて、用意させていた服を着せて、お茶を飲んで、ケーキを食べて飯も食べて。そしてもう一度風呂に入れて、やっとベッドにおさまった。
あぁ、今日はなまえと一日一緒にいれて、いろいろ面倒見れて幸せだったなぁ。
ひとり内心にやにやしていると、なまえがピタリと手を止めて、俺を不安そうな黒目で見つめて来た。
「……どうかしたか?」
ん?と、出来るだけ優しく優しく聞けば、なまえはおずおずと口を開く。
「…ディーノ、今日いそがしく…なかったの?」
「え?」
「だ、だってディーノ、今日ずっといてくれた…私が描けないから……」
だんだん下に俯いて声を小さくしていくなまえに、なんだ、そんな事を気にしていたのか、と力を抜く。
そんな、俺がなまえといたいだけだってのに。
「大丈夫だよ。俺にとってもちろんファミリーの仕事も大事だけど、俺はなまえを優先させたかったんだ。今日はなまえといれて楽しかったよ」
なまえに少しでも俺の気持ちが伝わるように祈りながらそう言えば、なまえの瞳がじわりと濡れた。
「…………私、もう、描けないかもしれないのに」
ぽたり、
スケッチブックの上に涙が落ちる。
美しく描かれていた白黒の世界が滲んで、輪郭を歪ませる。
だけど俺にとってはそれさえも美しくて、尊いものに見える。
「わ、わたし、もう、描けないよ。だめだよ、わたし、描かないとだめなのに。価値が、ないのに」
「なまえ、なまえ、」
「嫌だよ、描きたいよ、けど、描けないよ…辞めたい、死んじゃう、描きたい、どうしよう、私、私、」
「なまえ、俺がいるから、なまえ、」
「ディーノの私の絵が好きって言ってくれてるのに、嫌われちゃう。…いやだよ、いやだよディーノ…ごめんね、描けなくてごめんね」
「そんなことない。なまえ、俺はなまえの絵ももちろん好きだ。だけど、そんな事で嫌いになるわけないだろ?なまえ、好きだよ、愛してる。心の底から愛してる」
少しでもなまえが安心できるように額や頬や耳や目元にキスをしながらゆっくり言葉を落とす。
「なまえ、俺はずっとなまえといたいよ。なにも心配しなくていい。なまえは描きたい時に描けばいい。好きなものを描いてくれ。なまえの好きなようにしていいんだよ。俺が守ってやるから」
俺の、全てをかけてでも、なまえのこの才能を守ってみせる。
「ありが、と…ディーノ、好き…」
「っ、なまえ、」
涙で濡れて赤くぽってりした唇から、めずらしく愛の言葉が出てきて驚くと同時に自分を止められなくなる。
小さな唇を塞ぐように重ねて、深くキスを落としていく。
「なまえっ、なまえ……愛してる」
「でぃ、の…んふっ……ぁっ」
なまえの腕を柔らかくシーツに縫いつけて、2人でベッドに溺れた。