俺がなまえと出会ったのは1年くらい前の事だ。
いや、俺が最初に会ったのはなまえ本人じゃない。俺は彼女に実際に会う前に、なまえの作品に出会った。


友好関係にある政治家の家で行われたホームパーティには各界の著名人が集まり、招待された俺も顔を出しに行った。
ホームパーティー会場の政治家の家には彼自慢の美術品が数多く置かれていて、それらの作品を見て回るのもパーティの内だった。
そしてその中で、一際異彩を放っていたのがなまえの作品だった。

限りなく白に近いブルーを敷き詰めて、寒々しい冬景色を描いたその一枚の絵は圧倒的存在感を放っていて、俺だけじゃなく他の多くの人がその絵の前では思わず足を止め、その寒い蒼に魅入っていた。

耳を澄ませば雪の降る静かな音が聞こえてきそうなほど繊細な筆使いで、数メートル離れて見れば真っ白に見えてしまうような、そんな不思議な絵の放つ魅力に夢中になった。
許されるなら何時間でも何日間でもずっとこの絵の前に座って見つめていたいと心の底から思った。

気づかないうちにあまりにも長い間 俺はその絵を凝視していたらしく、その絵を所有すると同時にパーティの主催者でもある政治家が、奥から飾っていなかった小振りなキャンバスに書かれた絵を同じ画家の作品だと言って持ってきてくれた。

その小さなキャンバスには、崩れ落ちそうな薔薇が描かれていた。
花弁は、きっと本来は赤かったんだろうけど乾いた紫に変色していて所々黒く、葉の部分も重く色を変えていた。
危ういバランスで保たれているその絵もまた形容し難い魅力を纏っていて、目が離せなくなる。俺は絵の事は詳しくないし、いままであまり興味も無かったからこんなこと言っちゃいけないのかもしれないが、これを描いた人間は間違いなく天才だと思った。


一瞬でこの画家のファンになった俺は、きっここれほどの絵を描く人物は数多くの名作を遺している名高い歴史的画家だろうと思い、この絵を何処でどうやって手に入れたのか必死に聞けば、絵の所持者は朗らかに笑ってこの作者はまだ若い女の子だ と教えてくれた。
どうやら、たまに金に困ると知り合いの画廊に作品を出して生活費を稼いでいるらしい。
彼もその画廊と知り合いで、たまたま時間のあった時に行ったらこの絵が展示されていて、すぐに購入したらしい。


俺はてっきりもう死んでしまっている人間の作品だと思っていたから、作品がまだ俺と同じ時代を生きている人間によって描かれたと思うと震えが来た。しかも、まだ若い女の子だなんて。いったいどんな子がこれほどの存在感を持つ絵を描くんだろう。
一気に興味が湧いた俺は、その女の子の話を聞いてみると「あまり人付き合いの上手な子じゃない。それでもなお会ってみたいと言うなら来週行われる画廊での作品展示会に顔を出す筈だから行ってみるといい」と教えてもらえた。



この時既に会ったことのないなまえに熱を上げていた俺は、スケジュールを無理矢理調整してさっそくその展示会へ行った。


あまり大きくない展示場だったがそこそこ人は入っていて、そしてその誰もが足を止めて見入っている作品があった。


金色に輝く、燃える太陽の絵。


一目見ただけで、俺の探している作者の作品だと分かった。

実際に金色は使われておらず、黄色とオレンジと赤で表現された絵なのにもかかわらず、じっと見ていたら本物の太陽のように目が焼けてしまうような気がするほど、その絵は輝いていた。



しばらく見入った後、ハッと気づいて急いで作者を探すが、周りに立っているのは俺と同じように作品から目を離せないでいる閲覧者ばかりで、それらしい女の子の姿は見当たらない。

もしかしたらもう帰ったのか、と思いながら展示場の奥に足を進めて行くと、ゲストが休めるように奥に設けられたソファーに座って、これまたゲストが食べれらるように置かれたチョコやクッキーなどのお菓子をぱくぱく食べている女の子がいた。


その子は真冬だというのに麻の真っ白いノースリーブワンピース一枚で、少しウェーブのかかった黒髪を無造作に胸元で遊ばしていた。
小柄なその子は真っ白い手と小さな唇を必死に動かして次々お菓子を飲み込んでいた。



俺が一歩近づくと、靴音に気がついたのか途端に食べる手を止め、パッと顔を上げて俺を不安そうにじっと見た。



視線が絡み合った、その瞬間。



心臓の奥が、ジリっと焼けて、身体中の血が熱くなる。

不安そうに丸められた濡れるような黒い瞳から目が離せない。




「あ、俺、その、…うわっ!」



この目の前の子があの絵たちを創り出したのかと思うと気が焦って、近づこうとした瞬間自分の脚に躓いて転んでしまった。



「イテテ……」

「…っ、あの、大丈夫…ですか?」

「!!!」



恐る恐る、というように倒れた俺に差し出された腕を辿って上を向くと、さっきまで俺を怖そうに伺っていたその子がいた。


そして考えるより先にその細い手を掴んだ俺は、そのまま必死になまえを口説き落としたのだった。


今思い出すと、あの時の俺はだいぶ不審だったと思う。

もちろんなまえはそんな俺に怯えて、暫くまともに話してくれなかったけどどうにかこうにか仲良くなることに成功し、俺の愛を伝えればなまえは戸惑いながらも顔を真っ赤にして俺の告白にコクンとうなずいてくれた。

ありったけの勇気を使い尽くした告白を受け入れてもらえた時は嬉しくて嬉しくて、そのままなまえを抱きしめればなまえの服についていた絵の具が俺にも移ってしまい、2人で顔を見合わせてくすくす笑った。


こんな才能の塊のようななまえが、どうして俺が側に居る事を許してくれたのか未だに分からないけど、俺はこれからもずっと一番近くでなまえの事を見ていたいと心から思う。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -