コツン、コツン、と足音が響く。
俺と、なまえの2人分の足音しかしないこの空間は、ものすごく心地いい。
今日はこの前来れなかった展覧会に、日にちをあらためて来ていた。
本当は公開期間は終わったんだが、俺の持ってるコネをフル活用してこうして2人きりで来れることになった。
本来ならばコネを女一人のためにこうして使うのは褒められた事じゃないんだろうが、俺は俺の全てを賭けてなまえの才能を守る覚悟を決めたから、部下達も何も言わないでいてくれる。
コツン、…コツ
いままでゆっくりだけど割と規則正しく歩いていたなまえの足が一つの絵の前で完全に止まった。
「………………」
「…………………」
世界樹の、絵だ。
神話に出てくるその樹はたしかユグドラシルと呼ばれて、世界を現す森のように巨大な樹。
それが色鮮やかに描かれた一枚の絵の前で、なまえは動かなくなった。
はじめは遠くから。
そしてだんだん近づいて、呼吸と一緒にその絵を飲み込むかのように目を大きく開けて見入っている。
筆使いひとつひとつをなぞる用に、作者の息吹を感じるように、丁寧に、丁寧に。
その世界樹は神話通りにやがて枯れてしまうことを示唆するように右下の小さな小さな枝が折られ、そこだけ変色がはじまっていた。
確かにものすごい絵だと思う。
それだけでストーリーがあって存在が完成している。
だけど俺はやっぱりなまえの絵が好きだ。
それは例え他のどんな名高い画家と比べてもそうなんだろう。
例えば綺麗な夕陽を見た日には、あぁ、これをなまえが表現したらどんな色にするんだろうか と思ってしまうくらい俺はなまえで埋め尽くされてるし、支配されている。
俺がそんな事考えてるなんて全く知らないなまえはただただ必死に絵を自分の小さな身体の中に消化しようとしている。
その横顔を見ていれば、愛おしさが込み上げてきて抱きしめたい衝動に駆られるが、我慢する。
やっぱり、無理矢理にでも貸切にして良かった。
普段でさえ無防備ななまえが今は更に無防備で。こんな顔他の人間に見られるのは耐えられない。
自分の独占欲が強くてこっそり苦笑する。
こんなに一人の女性に自分が執着してどっぷりハマっちまう事になるなんて、一年前までは考えられなかった。
それなりに恋愛はしてきたつもりだけど、やっぱり自分の『マフィアのボス』という立場が頭の隅にチラついてハマり込む事は無かった。
だけど今は自分の立場や義務を理解した上でなまえが欲しくて堪らない。
どうしたらこの愛がなまえに伝わるんだろう。
一生かけても、俺の全ての愛が伝わるとは思わない。それほど俺のなまえに対しての愛は大きくて、深い事は分かってる。
けど、せめてそのほんの一部だけでも伝えられる方法を毎日模索して、なまえの笑顔を見れる事を願っている。
とりあえず、一周年記念のプレゼントは決まったな。
あの世界樹の絵を買い取ってなまえにプレゼントしよう。