左腕の腕時計を確認して、息を吐き出す。

肺から押し出された空気が空中に白く融けて行くのを目で追って、空に星が輝き始めていたことに気付く。


腕時計が示す時刻は、夜7時。
今日はもう無理、か。



スランプを抜け出したなまえはここ最近毎日ひたすら絵を描いている。

描けない時と違って、精神状態が不安定になることは無いが時間を忘れて描き続けるため食事を取らなかったり、こうしてデートの約束をしても来ないことがある。


なまえの好きなアーティストの展覧会が開かれていて、それに行く予定だった。
無理を言って貸切りにしてもらって、なまえがゆっくり他人を気にせず廻れるようにと思ってたんだけど、無駄足だったかな。


もう一度時間を確認して、今度は項垂れる。

こうして待ちぼうけを喰らうのは始めてじゃないし、その事に対して怒る気も全く湧いて来ない。俺はなまえに描いて欲しい。描き続けて欲しい。
彼女は本物だ。
なまえの才能は本物で、唯一で、絶対の物だから。
これからもずっと作品を作り続けて、名前を歴史に刻む作家になるはずだ。
だから、俺はそれを出来る限りサポートしたい。
なまえを歴史的に有名な作家にして、世界中どこででも、それこそ俺達が死んだ後でも、誰もが美術館に行けばなまえに会える。そんな風に、したい。



本当だったらいつまででもここで来ないなまえを待ち続けたいが、生憎 夜から会議が入っているから帰らざるをえない。



「……ローマリオ、車をまわしてくれ。……あぁ、…あぁ」




ローマリオに電話をすれば、電話口から聴こえる俺の声で全てを悟ったのか、展覧会側への連絡も受け持ってくれた。



「はぁ、……寒いな」



言葉が白い息になって夜空に消えた。


なまえには集中してもらいたい。
だけど、会いたかったなぁ、なんて。俺のわがまま、か。










深夜過ぎてからかかって来た電話は、なまえからで。

今さっきまでずっと描いていたらしく、気がついて時計を見れば約束の時間を12時間も過ぎていてびっくりしてしまったらしい。

震える声で謝り続けるなまえの所へ今すぐにでも飛んでって抱きしめてやりたい衝動に駆られるが、今行ってもなまえの邪魔になってしまうことも分かっているから我慢する。

必死に謝罪を繰り返すなまえの声を聞けただけでこんなにも俺は満たされてしまう。

さっきまで寒かった心がじんわり暖かくなって行く。
今夜はぐっすり眠れそうだ。




補足
約束の時間はだいたい昼の1時前後です。



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