煌びやかな照明、ピカピカに磨かれて反射する黒い床、あちこちから聞こえる甘く賑やかな話し声。何もかもが未知の世界で肩を縮こまらせることしか出来ない私。

「その先チャンって言うんだ可愛いね。清楚系?っていうかお嬢サマって感じ!」
「いえいえそんな…」
「ホストとか初めて?リラックスして楽しもうよ!」
「ははは…」

隣に座って話してくるテンションに乾いた笑いしか出てこない。ううう苦手だ…!純度100%の営業トークと分かるから嬉しくもないし心苦しくて居た堪れない。
私には一生縁がないと思っていたホストクラブにどうして来ているのかと言うと、全ては大切な友達チャビ美の為だった。

「チャビ美ちゃんと一緒に飲みたいシャンパンあるんだ!他の子が来ても飲まれないようにキープしてたやつ!」
「えー!嬉しい!じゃあそのシャンパン入れちゃおっかな」
「ちょ、やめなよチャビ美!」
「ヘイヘイヘイ!んなノリ悪いこと言わずにさ、お友達のその先チャンも一緒に!」
「いえいえ私お金ないので…初回サービス料の500円しかないです…!チャビ美もあんまりお金使いすぎない方がいいよ、今月ピンチなんでしょ」

担当ホストの流尾位(ルビイ)くんに唆されてお酒を注文しようとしてるチャビ美を必死に止める。
そう、今回私がこんな場違いなところにいる理由は彼女を止めるためだった。
かっこいいホストに入れ上げてしまったチャビ美はあれよあれよという間にハマっていって、どんどんお金を使ってしまっている。「すっごいかっこいい人がいるんだよねー!」と楽しそうに好きな人の話をされて、最初はバイト先の人とかかと思っていたけどホストということが分かってから必死に「騙されてるよ!」とホストのことは忘れる様にに説得をしていた。
でもどんなに説得しても「会ったこともないのに騙されてるって言い切れなくない?ホスト行ったことあるの?偏見ない?」とも言われてしまい、「確かに」ということで今回はお付き合いすることにした。こういうお店は初回サービス料があって安いらしいから入ってみたけど、目を離すとすぐにチャビ美は高いメニューを注文しようとするからハラハラする。

「はぁ。ねぇ、そろそろ帰ろうよ、終電なくなるよ」
「あっ、もうそんな時間?楽しくてあっという間だったなー!」
「うんうん。お会計して帰ろうね。その前にお手洗いに…」
「オッケー」
「なにも注文しちゃダメだよ、もう帰るんだからね」
「ラジャー!」

ピッとふざけたように敬礼をして見せるチャビ美。だいぶ酔っているみたいだ。かくゆう私も慣れない場の空気に当てられてまぁまぁ飲んでしまった。明日顔むくむやつだな…。

お手洗いに立つと、私の隣に座っていたホストの巣保(スモツ)くんがサッと立ち上がってついて来る。いやいやなんで、どうして。

「姫が出てくるの待ってるよ!」
「えぇ…いや大丈夫です…」
「大丈夫ダイジョーブ!」

普通にお手洗い前で待たれるの嫌なんですが…!でも周りも普通の顔してるし、これがホストクラブの通常運転なのかもしれない。ええい、郷に入っては郷に従えだ。
これ以上強く反発するのもかえって私がおかしいみたいな空気に仕方なくそのまま個室に入る。
はぁ。疲れた。さっさと帰ってお風呂入って寝たい。そして改めてチャビ美にちゃんとホストを好きでいることをやめるように言うんだ。会ってみた上でどうしても私は流尾位くんがチャビ美のことをお客さん以上として見ているとは思えなかった。

お手洗いを済ませて、鏡の前に立つ。あ、マウスウォッシュなんてあるんだ。やろっかな。
なかなか気の利くところがあるじゃないかホストクラブと思っていると、ポケットの中のスマホが震える。
表示される着信相手は“神威さん“と出てヒィッと声が出ると同時に驚いて積んであるマウスウォッシュの山をガラガラガッシャーンと崩してしまった。

「ももももしもし」
『あ、やっと出た。なにしてんの?もう寝るとこ?』
「えっと、あの」
「その先チャーン?姫ー?中ですごい音したけど大丈夫ー?!」

慌てて出ると、いつもの軽い調子の声が返ってくる。なんで私はこんなに動揺してるんだろう。神威さんはお友達だから別にホストクラブに来ていることも隠す必要なんてないのに。
物音に心配した巣保くんが外でノックしながら声をかけてきて、その声もスマホが拾ってしまったらしい。電話口から聞こえる神威さんの声が1オクターブ低くなるのが分かった。

『…姫?』
「う、だ、大丈夫ですー!もう出ます!!」
『今どこにいるの』
「ともっ友達と飲んでます!でももう帰るところです!なのでまた今度!」

ブチっと勢いのまま話して通話を終了する。通話を切ったスマホの画面は暗いままで、神威さんからの再度の着信もなくて胸を撫で下ろす。チャビ美とお酒を飲んだことには変わりないから嘘は言ってないもんね。大丈夫大丈夫。
そそくさとマウスウォッシュを積み直してお手洗いから出る。巣保くんがおしぼりを持って待機していた。何故。

「中で大丈夫だった?ケガない?」
「あ、だいょうぶ…です。ちょっと物にぶつかっちゃって、スミマセン」
「姫が無事ならOKだから!」

バチーン!とウインクをもらったけれど、頬を引き攣らせるしかなくて反応に困る。
席に戻るとチャビ美は流尾位くんと手を繋いで座りながらイチャイチャしていたけど無理やり引き剥がしてお会計を急いでお店を出た。

「ほら、しっかり。お水飲む?気持ち悪くない?」
「んーん、ぜーんぜん平気!もう一件行っちゃう?」
「今日は帰ろうね。またシラフの時にちゃんと話そう」
「うふふ、りょーかい!じゃあねー」

ふらふらと手を振るチャビ美だけど、足取りはしっかりしてるから一人で帰れそう。
さて、私もさっさと帰りますか。駅のホームに向けて歩き出すと後ろから声がかかって肩が飛び跳ねた。

「その先チャン!」
「うわっ、巣保くん?!」
「よかったー、会えて。やっぱりこっち方面の電車なんだ」

振り返るとそこには先ほどお店で別れたはずのホストの巣保くんがいて面食らう。驚いて動けないでいる私の腕を取って、電車に引っ張られる。なんだか強引だ。

「ほら、これ終電でしょ?乗らないと」
「どうしてここに?」
「俺もうアガリなんだよね。住んでる場所聞いた時俺とめっちゃ近そうって思ってたらホントにホームにいるから運命かなって!」
「なるほど…?」

説明になっているような、なっていないような。慣れないアルコールでぽわぽわする頭ではうまく考えがまとまらずにそのまま電車に揺られて最寄駅で降りる。巣保くんも降りてきた。あそっか、家近いんだもんね。同じ駅か。
深く考えずに家に向かって歩き出すと、当然のように巣保くんも同じ方向に付いてくる。家こっちなのかな?
おやおや?と思いながらも歩き続けた結果、住んでるマンションの前に到着して流石におかしいと我に帰る。

「同じマンション…じゃないですよね?」
「んー?いやいや違うよ、夜道はアブナイから姫を送ってきただけ」
「そうだったんですか!あ、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「いいよいいよ部屋の前まで送るって」
「いえ本当に大丈夫ですから」
「部屋何階ー?」
「あ、えっと、2階です」

強引に来られると答えてしまう気弱な人間で辛い。でも本当に心配して部屋の前まで送ってくれるのかもしれない。巣保くんに肩を押されてエレベーターに乗って2階まで到着した。なんとなくいつもの癖で部屋の方向へ歩き出すと付いてくる。でもやっぱり流石におかしくない…?

「あの、ここが部屋なので。送ってくれてありがとうございました」
「ここがその先チャンの部屋かー。入れてよ!一緒にお茶でも飲みたいな」
「えっ、いや流石にそれは…」
「じゃあトイレだけ貸して?!身体冷えちゃってずっと我慢してたんだよねー」
「すぐそこにコンビニがあるので…」
「マジで我慢できないから!ネッ?トイレ借りたらすぐ帰るから!」
「でも…「なにやってんの?」!!」

突然踊り場から声が聞こえて私も巣保くんも一斉に振り向く。無人と思われたそこから出てきたのは、桃色の三つ編みを揺らしてにこっと笑う神威さん。

「誰?ソイツ」

月明かりに照らされる神威さんの肌は青白く光っていて一層不気味だ。この人陽の光には弱いけど月光浴びると強さ増してる気がするのは気のせいだろうか。ニコニコ笑顔を貼り付けながら一歩ずつ近づいてくる。全然笑ってないなコレ。

「かっ神威さん、なぜここに…?」
「さっき電話で今から帰るって言ってたろ?だから来たんだヨ」

ひ、非常識…!こんな夜中に来るなんてすごい非常識だ!
巣保くんに無理やり部屋に入り込まれそうになっていたから助かったけど、同時に困った。だって神威さんなんかすごい怒ってるもん!

「え、その先チャン彼氏いたの?」
「違います違います、神威さんはお友達で!」
「そうだよ、俺はその先のトモダチ。で、お前は誰」

こいつ彼氏いんのにホスト来てたの?うわーという目を向けてくる巣保くんに慌てて否定すると、地を這うような神威さんの声が続く。もう笑顔すら作っていなくて本当に怖い。

「じゃあ俺もその先チャンのオトモダチ!仲良くしよーぜ!」

ニカっと笑って神威さんの肩を組もうとする巣保くんにギョッと目を剥く。このお馬鹿さん!怖いもの知らずが!!神威さん見た目は普通だけどはちゃめちゃに強くて凶暴なんだからそんな不用意に触ったりしたら潰されてしまう!!!

「さようなら巣保くん!コンビニは角曲がってすぐです!では!」
「あ、ちょっ」

ガチャガチャバタン!
巣保くんの伸びてくる腕をじっと静かに危ない目で見ていた神威さんの腕を抱きしめて無我夢中に部屋に入る。あれは絶対、指一本でも触れてきたら一息に潰す顔だった。そんな事件を起こされてはここに住んでいられなくなってしまう。

巣保くんは大人しく諦めて帰って行ったのか、ドアの外で遠ざかる足音が聞こえた。はぁ、よかった。びっくりした。やっと小さく息をつく。

「…積極的だネ」
「うわああ!いや違うでしょ!」

目の前の神威さんがぽそりと言葉を落として、ようやく私が神威さんの腕を抱いたまま、壁との間に神威さんをぎゅうぎゅうと押し付けている体勢だったことに気がつく。話すと呼吸のかかりそうな距離にギョッとする。
驚きながら慌てて腕を離して距離を取って飛び退くと、逆に今後は手を取られて足払いをされた。

「わっ!っぶ」

頭を打たないように手で支えてくれたけど、背中を打った。目の前に神威さん、後ろには床。電気もつけていない玄関先で神威さんに押し倒されてしまった。そのままグッと顔を寄せてくる。え、ちょ、近い…!

「お前、酒くさい。相当飲んだね」
「そ、そんなに飲んだつもりはないんですが…ちょ、どいてください」
「あいつ誰?」

めずらしく真顔の神威さんにバクバクと心臓がうるさい。え、お酒くさいのか私。っていうかだったら尚更どいて欲しいんだけど…!必死に神威さんから顔を背けると、逃がさないと言うように掌で頬を固定された。

「友達と飲んでたって嘘?あいつとナニしようとしてたの?」

なぜかよくわからないけれど、神威さん相当怒ってる…!掴まれている頬に入る力が強くなってきて、ギチギチ鳴る。蒼眼を見開いて迫ってくる神威さんにギブアップした。

「えんぶはなすから、放してくらふぁい」
「しょーがないな」

頬を抑えられながらも必死に言えば、スッと身体を退いてくれた。はぁ、はぁ。酔いも一気に醒めたよ。


酔い覚ましも兼ねてお茶を淹れて飲む。ソファにあぐらをかいて座っている神威さんもズズズと飲んでいる。さっきみたいなギラギラした眼光は無くなって、いつもの穏やかな瞳になったみたいで少し安心。神威さん謎のキレポイントあって怒ると怖いんだよなーもー。
とにもかくにも順を追って説明をしないことには神威さんまたいつ暴走するかわからないから出来る限り話をまとめて伝えてみる。巣保くんが同じ電車に乗って一緒に降りてきて、のあたりで一回鼻で笑われたけど。
でも落ち着いてみると、神威さんが来てくれてやっぱり助かったな。あのまま押し問答を続けていたら私も部屋に入れなくて困ってしまったもんね。
一部始終を話し終えて、ちらりと神威さんを見ると真顔で腕を組んでこっちを見ていたのでぱちりと視線が合う。

「で、その先はどうするの?」
「ちゃんとチャビ美と話します。ホストはやめときなって」
「ふーん」

興味なさそうにお茶を飲む神威さん。興味ないなら聞かなければいいのに…。
どうやってチャビ美を説得しようかなぁとイメージしていると、ピロンと通知音がした。スマホを見るとまさにチャビ美からのメッセージで“流尾位くんと付き合うことになった!!!めちゃうれしー!!!“と書いてあって目を疑う。いやいやいやいや絶対おかしいでしょ!!

「ありゃ、もう手遅れなんじゃない?」
「うわっ、勝手に見ないでくださいよ」

音もなく真横からスマホを覗かれてばっと距離をとる。急いで“騙されてるよ!!“と返信するも、チャビ美のテンションは最高潮で全く聞く耳を持ってくれない虚しいやり取りが続く。

「どうしよう…」
「ソイツと付き合えて喜んでるんならいいじゃん」
「普通のお付き合いじゃないから心配してるんです!」
「なんでその先がそこまで気にするの?余計なお世話でしょ」
「なんでって…」

余計なお世話という言葉が胸に深く突き刺さる。友達が好きな人と結ばれて喜んでるのに、素直に一緒に喜んであげられないのは歯がゆい。けど、今日お店で見た限りやっぱり流尾位くんがチャビ美のことを特別な女の子として好いているとは思えなかった。
私の辛い時に寄り添って支えてくれた大切な友達が、傷つくところを見たくない。それだけが原動力だ。

「大切な友達だから、守りたいって思うんです」

友人を説得することのできない無力さが悲しくて、絞り出すように言えばキョトンとした顔を返された。

「こうなったら、明日またお店に行きます!」
「…なにしに?」
「流尾位くんと直接会って、もうチャビ美騙すのやめてくださいってお願いしに…」
「その先は本当、救いようもなくアホだネ」

暴言を吐かれて少しへこむ。へこむけど、へこたれてはいられない。
やれるだけのことはやってみないと気が済まないもんね。ちゃんと話せばきっと聞いてくれる、かも、しれない!
隣の神威さんがふぅと短く息を吐く。呆れられてるんだろうな…。

「じゃあ俺もいく」
「なにがじゃあなんですか?!」

おかしな文脈を指摘するもあえなくスルーされてしまう。

「ホストクラブって男がうじゃうじゃいるんだろ?1人くらい強いやついるかなー」
「神威さんに比べたらナヨナヨのもやしっ子しかいませんよ!」
「楽しみだなー」
「(あ、もう来るの確定なんだ)」

一度こうすると決めた神威さんにはなにを言っても無駄なのでそっとする。私としても1人で乗り込むよりも友人がいてくれた方がなんとなく心強いしね。
さて、明日に向けてそろそろ寝ないと、と時計を見るともうとっくに電車のない時間。え、神威さんどうすんだろ。

「え、っと…終電もうないですけど、神威さん…ウチ泊まります?狭いけどソファーあるし」
「泊まったら確実に襲うけど、OK?」
「ノーノー!ノットOK!!」

善意で提案をすればセクハラで返される。
パタパタと顔の前で手を振って否定すると、くすりと笑われた。

「冗談だヨ。すぐそこに云業ん家があるから行く」
「あっハイならよかったです」

じゃあねーと軽く手をあげて神威さんは夜の街に消えていった。ドアを閉めて鍵をかける。
なんだか濃い一日だったな。どっと疲れた。早くお風呂入って寝よ。


***


曇った空を背景に、意を決して昨日もきたホストクラブの前に立つ。昨日は初回料金でお安かったけど、今日はそうもいかないからお金を下ろしてきた。流尾位くんとお話しするには指名も必要で、指名料もかかる。これもチャビ美のため…!

「本当に神威さん来るんですか?初回料金だけど500円かかりますよ」
「いいからさっさと終わらせよ」

隣でつまらなさそうに立つ神威さんに最後の確認を、と思って尋ねるが興味なさそうに言って先にお店に入って行ってしまうから慌てて追う。思い切りがいい人だ。

「指名してくれてありがとー!って、あっれー?チャビ美チャンの友達の?」
「あ、ゆめのです」
「いやいや苗字…しかも今日は男連れー?なになに彼氏?」
「いえ友人です」

昨日の巣保くんといい、ホストの人たちは男女セットと見ると恋人関係と思う人が多いのかな。“付き合おう“って言うほど好きな子の昨日会った友達の名前も覚えてないなんてますます怪しい。警戒する気持ちが強くなる。一刻も早く本題に入りたくて、軽く否定をして流尾位くんに向き直る。そんな間も席に来るホストを全無視しておかわり自由飲み物をガブガブ飲む神威さんは放っておく。

「あの、チャビ美のこと弄ぶのやめてください!」
「えー?そんな言い方ひどくない?」
「本気じゃないですよね。大切な友人に傷ついてほしくないので、もう連絡しないでください!」

必死に迫る私を見ても、流尾位くんは浮かべた笑顔を崩さない。のれんに腕押しな感じで全く手応えがないというよりあんま話聞いてないなさてはこの人。
どう言えばちゃんと聞き入れてもらえるのか悩んでいると、不意に右手に熱を感じてギョッとした。熱源が流尾位くんの左手と認識してさらに驚く。

「じゃあサ、代わりに君が俺のカノジョになってくれる?」

右手を引かれ、ぐっと顔を寄せられて鳥肌が立つ。ありえないでしょ…!

「そしたらチャビ美チャンはー……」

ひゅっと空気が裂ける音がして、流尾位くんの顔面スレスレのソファーにさっきまでフルーツに刺さっていたプラスチックのピックが突き刺さった。
驚いた流尾位くんが私の手を離したので慌てて距離を取って神威さんの方に身を寄せると、流尾位くんに掴まれた手とは反対側を流れるように握られてスッと立ち上がるもんだから腕を引かれて私も一緒に立ち上がる。

「っくりしたー!え、なになにどこから飛んできた?!」
「もういいよ、行こ」
「ちょ、神威さん」
「話してわかる相手じゃないのはわかったろ」
「でっ、でも」

話しても無駄かもしれないけど、でも私にできるのはこれくらいだからせめて指名時間ギリギリまでは粘りたかったのに。ずんずん手を引いてお店から出てしまう神威さんの手を掴む力はブルドーザーで引かれるほど強くて抵抗できない。

「放して、くだ、さいっ!っわわ!」

お店を出て、ブン!と思い切り手を揺らす。パッと急に放されたものだからバランスを崩して道にズシャッと沈んでしまう。
ううう情けない。情けなくて、悔しくて、歯痒くて。自分が嫌になってきて立ち上がれずにいると目の前に影がさす。神威さんがしゃがみ込んで、顔を覗き込んできた。

「なんでそんなに必死なの」

同じようなこと昨日も聞かれたな。馬鹿にされてるのかと思いつつ顔を上げると、神威さんは心底不思議そうな表情をしていた。ズビッと鼻水をすすって、目を見て答える。

「…大切な友達だから、苦しむと思うと私も苦しいんです」

私の言葉に目を丸くする神威さん。予想外の反応に、私も同じ目をしていれば神威さんが立ち上がってぽつりと呟く。

「そっか、その先が苦しいのか」
「…はい」
「とりあえず、店がなくなればさっきの男も今まで通りってわけにはいかないでしょ」
「ん?なんの話してます?」
「ちょうどいいや。その先はもう家帰ってなー」
「ンンン?神威さん、なんの話ですか?!」

スタスタどこかに歩き出した背中に慌てて聞くけれど、「いい子は帰る時間だヨ」肩越しに振り返った神威さんの目が笑ってなくて素直に黙る。うん。帰ろう。昨日の今日で疲れたしね。とりあえず今日はゆっくり寝て、明日またチャビ美と話そうそうしよう。


家に帰ってごはんもお風呂も済ましてベッドでゴロゴロしながらスマホをいじる平和な時間。ぼんやりとネットニュースを読んでいると急上昇ニュースが飛び込んできて目を剥いた。“歌舞伎町人気ホストクラブ壊滅!“や“ホストクラブ同士の抗争か?バックには黒い影も“という見出しとともに、さっきまでいたお店のエントランス写真がトップに掲示されている。けどその写真の中のお店は煌びやかな面影が消え去って破壊されていた。
えっ、これってまさか神威さん…いやいや考えすぎ…でも他に誰が…まさかね。まさかとは思うけど、一応違うっていう確認をしたいから神威さんに電話をかける。

プルルル、プルルルル

呼び出し音が続くだけで、ダメだ出ない。
しょうがないから何か知ってるかなとアタリをつけて今度は阿伏兎さんにかける。

プルル『ハァーイ、こちら阿伏兎ォ』
「あ、阿伏兎さん」
『アァお嬢ちゃんか。どうかしたか?』
「あのちょっと変なこと聞くんですけど、ひょっとして神威さんホストクラブ潰したりしてませんよね?」
『………』

頼む、否定してくれ。なーに言ってんだよと言って欲しくて阿伏兎さんの返事を待つけど、返ってきたのは気まずそうな声だった。

『…前々からちーっと目をつけてた連中がバックに付いてた店があってなァ』
「………」
『目立った動きもなくて捨ておいてたんだが、どういう風の吹き回しかウチの番長がすぐに潰すって効かなくて…イタタタタ!!!』
「ひっ、阿伏兎さん?!もしもーし?」
『あり?その先?』
「え、あ、神威さん?」

電話の向こうから『口で言やァ渡すっつーのこのスットコドッコイ!』阿伏兎さんのぼやきが聞こえる。無理やり奪われたんだろう。

『なにその先、いい子はもう寝な』
「いや良い子って…か、神威さん、あの…」

お礼を言いかけて、言い淀む。
阿伏兎さんが言っていた通り、神威さんは神威さんの都合によってたまたまあのお店をめちゃくちゃにしただけかもしれない。私のために(というかこの場合はチャビ美のためなんだけど)わざわざ動いてくれたと思うのはおこがましい気がして。いやでもずっと放っておいたのに急に今日っていうのにはやっぱりなにかしら理由があると考えるのが自然だけどやっぱり…!うーん、わからない!
わからないけど、一方的だろうと自惚であろうと結果的に助けてもらったことには違いないのでやっぱり伝えよう。

「あの、その、あのお店が無くなって、よかったです」
『ふーん』
「(ふーんて…)…ありがとうございました」
『フっ』

なぜか電話口の神威さんはちょっと笑ったみたい。なんでかは謎だけど。
お礼も伝えたし、そろそろ切って本当に寝ようと口を開きかけると神威さんが思い出したように言ってきた。

『あ、そうそう。今度男とイチャつくような店に行くなら覚悟しなネ』
「エッそれってどういう…」
『おやすみー』

ブチっと一方的に通話を終了されてなにも聞こえなくなる。
イチャつく店ってホストクラブのこと…?ホストにワタワタする友達の姿なんて見れたものじゃなかったのかな。言われなくてももう行きたくないし行く予定もないからいいんだけど…。謎。
深く考えても神威さんのことだ、きっとよくわからない思考回路があるんだろう。うんうんと1人納得して布団に潜り込む。昨日よりは穏やかに眠れる気がした。



翌日、チャビ美と会って話せばすでにお店がなくなったことを知っていてさらには流尾位くんと連絡が取れなくなったとさらりと告げられた。

「なんかさぁーやっぱ気軽に会えるアイドル的なポジションが好きだったんだよね」
「アイドル…」
「だからお店で会えなくなっていなくなったらいなくなったで清々したってゆーか」
「じゃあもう好きとかじゃないんだね?」
「うん。次は普通の男探すわ。店ごと無くなられるのは想定外だったわ」

なんともサバけた対応で、逆に本当にいいの?とこっちが心配になってしまう。
でも綺麗に吹っ切れたのならばよかった。今後の展望についても語っていて元気そうで安心する。

今回はちょっと良くない相手だったけど、好きな人について話したり、好きな人と会うために見た目に気を使うチャビ美は本当に綺麗で、楽しそうに嬉しそうにしている時間が長くて、誰かを好きになるのってきっと素敵なことなんだろうなぁとまだ見ぬ初恋相手に私も想いを馳せる。
頼りになって、ちょっと意地悪でもいざという時に味方になってくれる、そんな人だったら素敵だな。


20230422


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -