ハンジの研究室で会った以来まったくなまえの顔を見かける事は無かった。
きっと研究に没頭して引きこもっているんだろう、と思っていたが、どうやら今日は違ったらしい。
長く続く廊下の向こう側に、なまえがいた。
相変わらず黒く真っ直ぐな髪と細い身体だ。この前と違う所と言えば白衣を着ていない事くらいだろう。
「ねぇなまえちゃん、今夜 俺らの仲間内で集まって一緒に飯食ったりするんだけどさ、一緒に来ない?」
「いやー、ちょっとまだ調べたい事が残ってて。今日は遠慮しようかな」
「とか言っていつも来てくれないじゃん!なまえちゃん可愛いからさ、結構狙ってる奴多いんだぜ?」
なまえの隣で話す男は自分もその狙っている輩の1人だ、とアピールするかの如く身体を寄せ必死になまえを誘おうとしている。
「それになまえちゃん結婚相手探してるんでしょ?どう?いい奴、見つかるかもよ?なんなら俺も立候補したいし!」
「あはははは…」
あからさまに立ち去りたそうにしているなまえとそれに気づかない男。
別に聞き耳をたてている訳じゃないがどうしてもここにいると聞こえてしまう。
資料室の鍵を取りに行かせた部下がなかなか戻って来ないせいでこんな所でこいつらのくだらないやり取りを聞くはめになった。まったく、鍵ひとつにどんだけ時間かけるんだ。
「最低でも5回の壁外調査を生き残った人じゃないとちょっと嫌かな。結婚しても死なれたら困るもん」
「5回か〜。俺、次で5回目だからそしたら結婚候補に入れてくれる?」
「うんまたその時、ね」
なんとか話題を振り切る事に成功したなまえはその場を立ち去りたそうにするが、なおも逃がさないとばかりに男は今夜の食事に誘い続ける。
まったく、我慢の限界だ。
資料はまた後日確認しに来よう。
背を預けていた壁から離れ、真っ直ぐになまえ達の方向へ向かうと、近づいて来た俺に先に気づいたのは男の方だった。
「りっ、リヴァイ兵長…!」
さっと男が顔を青くし、やっとなまえも俺の存在に気づく。
「あ、リヴァイ兵士長」
こんにちは、となまえがゆるく頭を下げるのを横目で見ながら未だに青い顔をした男にはっきりと言う。
「おい。邪魔だ。どけ」
「はっはいっ!」
バネ仕掛けの細工のように勢い良く道をあけた男を意識的に強い目線で射抜いて道を通れば今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていた。まったく、情けねぇ。
「私もそろそろ戻るから。じゃあね」
後ろで上手く切り抜けたなまえの声を聞きながら自分の部屋に向かう。
きっとなまえが婚活目的で調査兵団に入った、というのは多くの兵士の間で共有されている話なんだろう。
さっきの男は話を聞いている限り同期のような口ぶりだったし、当たり前のように知っていたんだろう。
まったく、こんなふざけた話があるか。
それと、なまえの言っていた「5回目の壁外調査を生き延びた男」というのも気に食わない。
試そうとしているようなニュアンスも気に食わないし5回目以降を生き延びた奴なら誰でもいいのか。
馬鹿馬鹿しい。考える事すら馬鹿馬鹿しい。
あんな女の事なんて………。
そこまで考えて一瞬思考を止める。
いや、待て。
こんなに馬鹿馬鹿しいと思いつつも、なぜ俺はさっきなまえを助けるような事をしたんだ。
別に無視して通り過ぎる事も出来ただろう。
なんでわざわざ声をかけて、男を睨むような真似までして…。
馬鹿馬鹿しいのは、俺か。