ずっと商店の人に入荷したら少量でいいから取り置きして欲しいとお願いをしていた紅茶がようやく手に入って浮かれていた。


私の出せる金額じゃ買える量なんて微々たるものだけれど、度重なるご迷惑をおかけしている兵士長へ何か少しでもお礼を出来ないか考えてたどり着いた答えだった。


あの奇跡みたいな朝、お茶をご一緒させてもらってから今日に至るまで話す機会はおろか姿を見かけることも無かった。
私から用事もなく兵士長に会いにいくことなんてもちろん出来ないし、ここ最近は兵士長がハンジさんに会いに研究室へ来ることもなかった。この前のような大規模な食事会だって頻繁に開催されているわけじゃない。

つまり、最近全く会うことが出来ていなくて、お礼を渡すのを口実に少しだけでもあの声を聞けないものかと悶々と待っていた日々だったから今日商店から連絡をもらって一旦全ての研究を停止して急いで受け取りに行ってきた。


恋をすると人間はこんなにも行動的になってしまうのかと自分の変化に驚くばかりだ。
とにかく会って話がしたい一心で、紅茶を胸に抱いて馬の飼育所を目指す。
私が兵士長に特別な想いを抱いていることに気がついているハンジさんは、私の手にある紅茶を見ただけで全てを察したのか「リヴァイなら馬の整備だと思うよ」となにも聞かずに教えてくれた。


足の遅い私なりに全速力で走って、もう少しで到着しそうというところで建物の先に会いたくて会いたくて、食堂でも廊下でも必死に姿を探してしまっていた相手が見えてぎゅっと心臓が痛くなる。

いつの間にこんなに好きになってしまっていたんだろう。
この人以上に私が誰かを好きになれる未来なんて想像がつかないほど、存在が大きくなってしまって仕方がない。


よかった、馬のお世話は終わったみたい。
少しゆっくり話せるかな、まずはお礼を言って、それから前に聞いてもらった研究中の蝶の話をして、あとは、あとは。


気持ちが急いて足がもつれそうになるのを必死に制御しながら走り続けると、兵士長が出てきたのと同じ建物の陰から背の低い女性が出てくるのが見えて自然と減速する。

それは、まだ距離のあるここからでも分かるくらい可愛らしく頬を染めて幸せそうに兵士長を見ているニエナさんだった。

それをみた瞬間、さっきまであった弾むような気持ちが急激にしぼんで消失するのが分かった。


なんとなくそこに割り込んでいく気にはなれなくて、2人に気づかれないようにすぐそばの馬小屋の陰に隠れてから我に帰る。

あれなんで私、隠れちゃったんだろう。

サッと行って、お礼伝えて紅茶渡して帰ればいいはずなのに。


ごはんをもらって満足そうな馬たちの息遣いを聞いているうちに少しだけ冷静になって来て、今更ながら状況に慌ててしまう。
とにかくここから出て行かなければ、と思って足に力を入れようとするけれど、兵士長とニエナさんがあろうことか馬小屋方面に向かってくるのが見えて再度咄嗟に身を隠す。

きっとここが馬小屋じゃ無かったら感覚の鋭い兵士長のことだ、すぐに私が潜んでいることなんて気がつかれただろう。
ここなら馬たちの息遣いが私の気配を隠してくれる。
しかも、知らない人ならば馬も騒いだろうけれども普段からお世話をしている私には懐いてくれているから落ち着いた様子だ。


必死で息を詰めながら身を隠していると、すぐそばで聞きたくて堪らなかったリヴァイ兵士長の声が聞こえた。


「なんだ、話ってのは」


いつも通りの静かな声。
ずっとだって聞いていたい大好きな声のはずなのに、本能的にこの会話はまずいと脳が警鐘を鳴らして耳を塞ぎたくて堪らなくなる。


これは、このトーンは。


「私の気持ち、気づいてますよね」


鈴を転がすような綺麗な声は、少しだけ拗ねた色味が含まれていて。顔を見なくてもわかる。きっと彼女はものすごく可愛らしい照れたような顔をしている。


「好きです。付き合ってください」


可愛らしい声は、私の脳を直接揺さぶるには充分な威力を持っていた。
一瞬気が遠くなりそうな錯覚が襲って、どうにか持ち堪える。

こんな、人様の告白を覗いてしまう時がくるなんて。

これがなんとも思っていない2人同士の会話なら私も申し訳なく思いながらもさして興味もなく聞き流していただろうけれども、相手がリヴァイ兵士長となると全く話が変わってくる。

どう考えてもお似合いの2人だ。こんなに可愛い女の子の告白を断る人なんてきっといない。


答えを聞くのが怖くて、でもどうしても知りたくて。兵士長が口を開くまでの短い時間が恐ろしく長く感じた。



「断る」
「…理由を聞いてもいいですか?」
「………」
「やっぱり噂は本当なんですね」


キッパリとした返答に全身の力が抜けてしまう。
よかった、今はまだ誰のものにもならなくてよかった。これでまた、彼のことを好きでいても他の女性の迷惑にはならない。

安心したのも束の間、告白が断られた後の会話とは思えないようなトーンでの会話が続いて再度緊張してしまう。


「なに?」
「兵士長のことを忘れた記憶喪失の彼女がいる、って」


凍えるような冷ややかな声を出した兵士長に怯むことなく、はっきりとした声で話すニエナさんの言葉に頭の奥がズキンと痛んだ。



「それって、この前の食事の席で兵長のところにいたなまえって子ですか?」



自分の名前が発せられたと同時に、脳みそを直接殴られたような衝撃を感じる。
心臓の音がどんどん大きくなって来て、2人の会話が鼓膜で濁ってよく聞こえない。

私が人生で経験したことのないような激しい動悸に襲われていても、そんなことは2人は知らない。

鈍る聴覚の中ででも、私が兵士長の声を聞き間違えるはずがない。

なんでもない風を装って、さらりと回答するのが耳の奥で聞こえた。


「それがどうした」



ニエナさんの質問に否定しない兵士長の言葉を聞いて、頭に電流が流されたのかと錯覚するほどの衝撃が走ると同時に何もかもを思い出す。


思い出した記憶の渦に襲われて、声が漏れそうになるのを必死に両手で押さえつける。


私はどうしてこんな大切なことを忘れていたんだろう。


リヴァイ兵士長と過ごした大切な時間。私たちは確かに愛し合っていた。

兵士長は研究しか能のないようなちっぽけな私を見出して、愛しい人として接してくれていた。
私もまた戸惑いながらも彼の愛を受け入れて、2人でかけがえのない温かな日常を築いていたのに。


私の部屋にあるシャツも、カップも、思い返せば私が特別室に入院させてもらえていたのだって全部そうだ。全てが彼を指していたのに、ここまで証拠が揃っていて尚気が付けなかっただなんて信じられない。


愚かにも一番大切な人である兵士長のことを忘れて呑気に暮らしていた私のことを、リヴァイ兵士長はずっと、ずっと、それでも見捨てないで守ってくれていたんだ。

その間、彼がどんなに孤独であったかを思うと自然と涙が溢れてくる。

気がつける違和感はいくつもあったはずなのに、思い出そうともせずにのうのうと自分の研究にばかり心と時間を割いていた自分が情けなくて悔しい。

どうしても自分と彼とでは格差がありすぎて、万に一つもあり得ないと思って思考にストップがかかってしまっていた。

もっともっと早く思い出せていたならば、どんなに良かったか。


あの日、記憶をなくして目覚めた日からあまりにも時間が経ち過ぎてしまった。

その間に私は多大なる迷惑を兵士長にかけて、調査兵団のみんなには私はもう彼の記憶はないものとして周知されていて、事実こうしてリヴァイ兵士長と近づきたい次の女の子が名乗りを上げ始めている。

きっとみんなも、私が記憶を無くして兵士長とは関係がなくなって、それが道理だと思っているんだろう。そもそもが釣り合っていなかったんだ。
そんな私が今更のこのこと記憶が戻ったからってまた今まで通りに兵士長と関係を持つなんて出来ない。


記憶が戻ったことを伝えるには遅すぎる。今更そんなことは言えない。


私はこのまま、1人の彼を残して生きていく他ないんだろう。


それから、いくつか言葉を交わしてこの場から去っていく2人の足音を聞き届けてからようやく嗚咽を漏らすことができた。


大好きな彼に、心の中でだけさよならを言う。
記憶があってもなくても、大好きでした。

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