意識が覚醒し始めるのがわかると同時に、こんなにぐっすりと眠ったのはいつぶりだろうかと思う。

確か、ほんの少し前までは安心して熟睡できていたような気もするけれど、でも記憶を辿ってもそんな思い出はなくて。この狭くて苦しい壁の中に生を受けてから今日に至るまで、安心して眠ったことなんてないんだ。

だけど不思議と今日はとってもよく眠れたなぁ、と目を開くと自室に似ているようで微妙に違う天井に気がつく。


どこだろうか、と思考したのは一瞬だった。
伸びをしながら身体を起こそうとして横に視線をやればそこにいたのは。


「気分はどうだ」


すぐそばの椅子に座って、爽やかな朝とは似つかわしくない暗い表情をしたリヴァイ兵士長の姿を見た瞬間、昨晩のことを一気に思い出す。

思い出して、ほとんど条件反射でバッとシーツの下の自分の状態を確認した。
よかった、ちゃんと服を着ている。


「…運んで寝かしてからは指一本触れてないと誓うから安心しろ」
「あ、いえ、そういう心配をしたのではなく…!」


私の行動を見て、失礼な疑念を抱いたと勘違いしたんだろう。まぁそう思われても仕方がないかもだけれど。リヴァイ兵士長は律儀に釈明してくれた。

だけど本当に、私がリヴァイ兵士長に何かされたかとか心配したんじゃなくて、むしろ逆というか
私が酔いに任せて好きな人に無理やり迫ってしまったり、勝手に脱衣をしたりの醜態を晒していないかが心配だったんだ。醜態はもうお酒関係で十分晒した後ではありますが…。



「本当に、申し訳ありませんでした!!っつ…」
「いいからまだあまり動くな」



とにかく散々な状態で迷惑をかけてしまった兵士長に謝罪をしなければ、と起き上がって勢いよく頭を下げるとまだアルコールの影響が残っているのか鈍い頭痛に襲われる。
そんな私を見て兵士長はそっと肩を押して、再度ベッドに座らせるとそのまま背を向けて少し離れていく。

リヴァイ兵士長に逆らえるわけもなく、これからなにを言い渡されるんだろうかと怯えながら下を向いて大人しく座る。

少しだけ頭痛があるけれど、昨日のうちに吐かせてもらえたおかげでだいぶ楽だ。
そもそもそんなにアルコールを受け付けない体質の私があれだけ飲んでこの程度の頭痛で済んでいるのは奇跡に近い。

かなり酩酊していた自覚があると共に、一部始終全ての記憶はバッチリあるから申し訳ない気持ちが膨らみ続ける。
あんな汚いことまでさせてしまって…この先私はどうやって償っていけばいいんだろう…と途方に暮れてしまう。


っていうか、兵士長が私のところに来てくれた時確かまだニエナさんと一緒にお喋りされていたけど、放っておいて私のところに来てくれたの?物凄く嬉しいけれど、なんでなのかが分からない。
どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。

兵士長の行動原理について思いつく限りの仮説を立てては壊してを数秒のうちに繰り返した果てに、一つの否定出来ない仮説に衝突した。

…ひょっとして、私が兵士長のこと好きなの……バレてる?


あの時、告白をしようとしたのバレバレだった…?そういう雰囲気ダダ漏れだった?
だからこんなに優しくしてくれるの?叶わない恋をしている私を哀れんでいるの?


「飲め」


あまりにも自分の思考に没頭していたんだろう。
目の前に立たれて、お水の入ったコップを出されるまで近くにいることにも気が付かなかった。


言われてみると確かに物凄く喉が渇いていることに気がついて、素直にありがたく受け取って頂く。

こくこくと半分くらい減らしたころを見計らって、すぐ側で私を見張っていた兵士長は再び手を伸ばしてきた。


「これも飲め」
「これは…?」


手のひらに載っていたのは何かの薬。
意図が分からずに切れ長の瞳を見つめれば、有無をいわせず私の手に握らせてから教えてくれた。


「前にハンジから渡された二日酔いの薬だ」
「そ、そんな高価なもの頂けません!」
「俺にはそもそも不要な物だ。今ここでお前が飲まなければすぐに廃棄する」


確か、昔ハンジさんから聞いたことがあったこの薬。物凄く値が張るけれど、相手が希望する研究結果を優先的に開示することでいくつか譲ってもらったんだといたずらに笑っていたっけ。

これで翌日を気にせず好きにお酒が飲めると彼女は喜んでいて、それを見た私は自分には関係の無い話だなぁと聞き流していたのを思い出す。
まさかこんなところでお世話になることになろうとは。

こんなに貴重なものをたかだか私なんかの頭痛の為に消費してしまうなんてもったいない話だけれども、口を閉ざしてジッと私を見下ろす兵士長の目が本気度を伝えていた。
本当にこの人は私が飲まなければ捨ててしまうんだろう。それこそもったいない。


「…ありがとうございます」


お礼を伝えてひと息に飲み下す。
独特の風味がしたけれど苦味のない調整のされた薬だった。摂りやすいことは薬にとって大切だ。私の作るものももっと飲みやすい様に改良していけるといいんだけれど。


職業病のように考えていると、私が薬を飲み込んだのを見届けてコップを回収するとテーブルに向いてから静かに声をかけられた。


「こっちまで歩けるか?…まだ時間が早いから紅茶を淹れるが」


思ってもいなかった言葉に、数秒固まってしまう。

ひょっとして、お茶に誘われている…?いやいやそんなまさか。都合よく解釈しすぎでしょうと考えを打ちけるけれど、そっと私を伺っている兵士長を見て分からなくなる。
でも、もし揶揄われているのでなければ。


脚に力を入れると、普通に立ち上がれて安心する。
たっぷりと眠って水分も取れたおかげだろう。


「ありがとう、ございます。頂きます」


兵士長の部屋で紅茶を飲める機会なんて後にも先にも今日だけだろう。
となればごちゃごちゃ考えてないで、今この時をありがたく過ごさなくては後悔する。


テーブルに着いた私を見て兵士長自ら紅茶を淹れてくれた。
これは一生他の兵士に自慢できる事実だけれど、きっと人に話すことなんて出来ないから墓場まで大事に持って行こう。


いつもは誰にも真似できないようなスピードで刃を振るうであろうその手が、繊細な手つきでお茶を淹れて出してくれるのを見守るのは不思議な気分だった。
この手で今まで一体何人の仲間を助けて来たんだろう。きっと途方もない数に違いない。この人のこの手は人類の希望の矛そのものだ。


そう思ってから、いったい昨日の自分はなんて思い上がりをしたのかを理解してしまう。

この人に告白をして、その後は?
気持ちをぶつけるだけぶつけて迷惑をかけて、その後は。

万が一にも思いが通じるだなんて考えたんだろうか。いやそんなことはない。

じゃあ、人類の期待を背負っているこの人に、さらに私の煩わしい気持ちまで押し付けて、それで自分だけスッキリして、兵士長にだけ重たい気持ちを持ってもらって。
そんなの責任転換に他ならない。


こんな重たすぎるものを既に持ってしまっている人には、もう何も持たせてはいけない。

それが例え私の大切な気持ちであっても、きっとこの人にとっては余計な荷物にしかならない。

多分、迷惑だとかそういうことは兵士長は直接は言わないし見せないだろう。優しくて相手のことをよく見ている思いやりのある人だから。

本当に好きならば、私はこの人に追加で負荷をかけるのではなくて、その荷物を少しだけでも一緒に持てるようにならないといけない。

その為に私にできることは多くはない。巨人を直接討伐することに関してはあまり力にはなれないだろう。
ならばせめて、私の研究で貢献をしなくては。

この人が少しでも多く壁外から生きて帰って来てくれるように。私が研究を進めて、少しでも身軽に飛び回ってくれるのであればそんなに嬉しいことはない。


ようやく自分のやるべきことが定まった気がして胸がスッとすると同時に、コトリと紅茶の入ったカップを出されて、リヴァイ兵士長も向き合う形で椅子に座った。


朝から紅茶を飲めるなんて贅沢な日だ。いい香りを楽しんだ後、奇妙な偶然に気がついた。



「あれ、このカップ…私の部屋にもあります」
「…よくあるデザインだからな」
「そう…ですかね」


出されカップは、私の自室に置かれている持ち主不明のカップとよく似ていた。いや、似ているなんてレベルじゃなくて同じ物としか思えないほど酷似している。


今まで見たことがないものだったけれど、そうか。私が知らないだけで大量生産されたものなのかもしれない。
じゃあカップから所有者を見つけるのは難しいなぁ。
カップの持ち主からシャツの持ち主も辿れるかもしれないという線が消えて少し残念になる。


そういえば前も思ったけど兵士長の匂いはあの落ち着くシャツと同じ匂いがする。

リヴァイ兵士長の部屋で一晩眠って熟睡できたのは香りにあるのかもしれないな。部屋全体が兵士長の清潔な香りで満たされていて心の底から落ち着く。


…私の部屋にある、もう匂いの薄まってしまったシャツも一日この部屋に置かせてもらえればまたあの安心するような香りが付くかなぁ。

流石に発想が変態っぽいからお願いすることなんて絶対にできないけれど。


もう兵士長に想いを伝える選択肢が残されていない私は、精一杯この時間を細部に至るまで記憶しようと集中する。

私が死ぬ前に最後に思い出す風景は、きっとこの奇跡みたいな朝のことだろう。

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