女が座ったのを確認するとハンジが改めて紹介をはじめる。
「リヴァイ、この子はなまえ・みょうじ。私の研究を手伝ってくれてるんだ。それでなまえ、こっちがリヴァイ。知ってるかな?」
訊ねるようにハンジがなまえを見れば、なまえは微かに頷きながら口を開く。
「知ってますよ。リヴァイ兵士長ですよね。はじめましてなまえです」
頭を下げてから茶に手を付けるなまえをまじまじと見る。
こうしている分にはあんな発言をするような奴には見えないが…。
「それでは早速説明させてもらいますね。この植物は壁から約20km地点に繁殖している草で、まだ種子、花弁の確認は出来ていません。繁殖方法は主に根分けと思われます。人間の嗅覚で認識できるような強い臭いはありませんが、分析測定したところ微かにですが臭いもあり、もしこの臭いが巨人だけに認識できる物であるならば、今後の巨人との交戦において利用価値があると思われます」
つらつらとなまえの口から紡がれる説明は的確かつ明確でつい黙って聞き入る。
ハンジが優秀、と評価していたのは偽りではないのだろう。
じっとガラス容器に入った植物を見ながら説明を続けるなまえを改めて見てみる。
長い時間、研究室に籠っているためか肌は白く透け血管が見えるようだ。
伸ばされた髪は黒くまっすぐで細い。
カップを持つ指は細く、腕も申し訳程度の筋肉しか付いていない。こんな腕で巨人と戦っているなど到底信じられない。
訓練よりもむしろ研究ばかりしているせいか全体の筋肉量も少なそうだし、とても立体起動装置を使いこなせる体型とは思えない。
「…おいなまえよ、壁外調査の経験は何度だ」
説明が途切れた所で俺が質問を投げかけると少し思案する顔をした後なまえは答える。
「4度、ですかね」
「私と同じ班になった事もあるんだよ。リヴァイみたいにデタラメに強いわけじゃないけどなかなかいい働きをする」
「えへへ。照れるじゃないですか辞めてくださいよハンジさん」
ハンジには気を許しているのか、ふざけたようになまえが笑う。
しかし、次の俺の質問でぴたりと笑顔を止めた。
「おまえは巨人が、怖いか」
「…………こわい、ですよ。……何度も仲間が目の前で殺されました。…リヴァイ兵士長は、怖くないんですか?」
「………………………」
聞き返して来たなまえの瞳はこちらを伺うようにしながらも真っ直ぐで、これ以上追求される事をはっきりと拒否していた。
なるほど、やはりただの馬鹿ではないらしい。
カップに残っていた茶を飲み干して席を立つ。
「あれ、リヴァイもう帰るのかい?まだまだ話したい研究内容が沢山あるのに」
「生憎俺はそこまで暇じゃない。お前もさっさと会議の書類を纏めろ」
俺が持って来てやった書類を指先で叩きながら言えば諦めたのか静かに引き下がる。
「失礼します」
なまえも立ち上がるとひとつ頭を下げて部屋の奥へと戻って行く。研究の続きでもするのだろう。
見える背の線はやはり細くて、無理矢理視線を外して研究室を出る。
どんなに研究熱心だからと言って、やはり俺はこいつの存在を認められない。
身体を鍛える気もなく研究だけに没頭し、挙げ句の果てに結婚相手を探す為に調査兵団に入団した、などと口外する女を、認める訳にはいかない。