お昼ご飯を食べにケニルと食堂に来れば多くの人で賑わっていてようやく見つけたスペースに席を取る。結構外れた時間に来ることが多かったからこんなに満席なところを見るのは久しぶりでびっくりしてしまう。
朝からずっと研究室にこもっていたから、沢山の人がわいわいと雑多に話している空気にクラクラする。引きこもりの辛いところだ。


「この前のリヴァイ兵長、やばかったんだぜ!」
「俺も見た!!」


とにかく食事を終わらせてゆっくりできる部屋に早く戻りたい一心で食べ物を口に運んでいると、斜め後ろの席で賑やかに話す人たちの声が聞こえてきた。

まただ。


「巨人共の群れにたった1人で突っ込んで行ってさ!」
「そうそう、しかも6体だぜ?一気に!」
「俺たちでさえ視界に捕らえられないスピードなんだ。ノロマな巨人になんか捕まるかよ!」


ワイワイと興奮気味に先日行われた壁外調査での出来事を話す兵士たちの声が気になって仕方がなかった。

ここ最近、妙にリヴァイ兵士長の話が耳に入ってくる。少し前までは全然気にならなくて聴こえてこなかったのに。

どうしてこんなに兵士長のことが気になるんだろう?と首を捻っても出てくるのは疑問ばかりで困ってしまう。

疑問と言えば、ちなみに先日の壁外調査の参加名簿には私の名前が無かった。
直属の上長であるハンジさんに理由を聞けば「うーん、病み上がりだからね」と微妙にそれっぽい理由を告げられたけれど私はすでに完全に回復して至って元気だったし、どうにも納得しづらかった。


不可解なことが立て続いていて何かと戸惑うばかりだ。
考えられる起点は、蝶の捜索に出たあの日から。
もしかして巨人と接触したのを境になんかおかしくなっている…?いやまさか。そんなこと聞いたこともないし。


馬鹿馬鹿しい仮説を振り捨てて再度目の前の食事に集中すると、対面に座るケニルがじーっと私を見つめながら問うてきた。


「それで、あんた婚活はどうすんのよ?」


まるで想像していなかった話題に虚をつかれる。
確かに、私は調査兵団に結婚相手を探しに入団したんだった。

それなりに真剣に考えて相手を探していたはずなのに、最近その意欲を完全に失っていたことに今更ながら気がついて驚いた。


「誰を見てもピンとこなくて、探すのやめちゃってたな」


隠し立てするようなことでも無いから素直に白状すると、ケニルは呆れたように息を吐いて私から視線を外した。


「そりゃあ…他の奴じゃ見劣りするでしょうよ…」


ケニルの言葉の意味が分からず続きを待ったけどそれからは何も言ってくれなくて、結局有耶無耶のまま食事を終えて研究室に戻ることになった。


釈然としない気分だったけど、私の目の前にはやるべき研究が盛り沢山だ。
とにかく作業を進めなければ、と気合を入れて取り掛かり始めれば次第に集中出来ていくのが分かる。
楽しくて夢中で手を動かして記録を取っていると、研究室の扉が開く音がした。

珍しい、お客さんかな?と思って顔を上げればそこに立っていたのは調査兵団が誇る最強の兵士、リヴァイ兵士長で呆気に取られてしまう。

部屋に入って来てからの一瞬の間に、リヴァイ兵士長と目が合って更に驚く。

こんなところに何の用事だろう。ハンジさんに用事があるのかな。
その内ハンジさんが出てきて対応するだろう、私は空気になってやり過ごそうと思っていると、どういう訳だか兵士長がこっちに向かってまっすぐ歩いてきてビビる。

カツン、とブーツの音を響かせて私のすぐ側まで来ると静かで凛とした声をかけられた。


「それはなんの研究だ」


私の空気になる技術があまりにも拙かったのかもしれない。
もしくは兵士長が来たのにシカトしたのが気に障ったのか。

恐る恐る顔を見るけど、そこからはなんの感情も読み取れなくてどうしていいのか分からなくなってしまう。
どうして私はこの人にこんなにも反応してしまっているんだろう。全然知らないし、私とはかけ離れた存在すぎて逆に興味なかったからもっとサラッと対応出来る気がしていたんだけど。


自分自身の咄嗟の反応の不可解さと、あまりにも予測していなかった出来事にしどろもどろになって「あの」とか「えっと」とか要領の得ない言葉を口の中で転がしていると、ひょこっとハンジさんが別室から来てくれた。


「あれ、リヴァイ来てたんだ」


その一言で兵士長の視線が私から外れて、そこでようやく息が詰まりそうになっていたことに気がついて慌てて呼吸を再開する。

なんだったんだ、今の。

胸に手を当てると鼓動が激しく速くなっているのが分かる。
本当に、どうしちゃったんだろうか。


「ちょうどいいからお茶にしよう。なまえ、リヴァイに研究について詳しく話してやってよ」
「…わかりました」


早速お茶の準備をしながらこちらを振り返るハンジさんに頷いて、必死に動揺を収めてから既に席に着いていた兵士長の前に着席した。


「それでは、早速説明させてもらいますね」


口をついて出た言葉に、微かな違和感を覚えるけれど内心首を捻りながらも説明を始める。
あれ、なんかこの場面、知っているような。どこかで見た?いや、過去に起こった出来事
…?私が兵士長に研究について話すことなんて初めてなのに。


初めての出来事のはずなのに既に知っている様な変な感覚に包まれながらもまずは蝶の研究前提について解説をする。
発見に至るまでの経緯や、仮説についてざっと話すと口を挟むことなくじっと私の話を聞いていたリヴァイ兵士長は、説明が途切れるのを待ってからこちらを試すような瞳で言った。


「あぁ。知っている」


…知っている?どうしてリヴァイ兵士長が私の研究について知ってるんだろう。
ハンジさんから聞いたのかな?それほどまでに兵団内で関心の高い研究ということだろうか。
だとしたら嬉しいな、と思いながら続いて今行っている作業についての説明に移った。


「現在は主に繁殖を行なっています。いくつかの群に分け、様々な条件下での繁殖率を記録し最も効率的な繁殖方法を検討しています。幸い、壁の中に生息する蝶と生態について大きな乖離は見られない為繁殖環境の試験も行いやすく現時点では順調に作業が進んでいます」


いくつか記録をまとめた書類を実際にお見せしようと持ってきて、机をまわって説明しやすいように隣に座ると、不意に私の部屋に置かれていた男性物のシャツと同じような匂いがして身体が止まる。


突然説明が途切れた私を不審そうに見てくる兵士長に、失礼かもしれないなんて考える余裕もなく尋ねた。


「…なにか、香水のようなものを使っていますか?」
「いや。なにも」


衣料洗剤は同じものが支給されているはずだから、何か香りづけの様なものを使っていて、それがあのシャツの持ち主と同じなのかもしれないと思ったけれど違ったらしい。
洋服やカップの持ち主が分かればここ最近の色々なモヤモヤが解消されるような気がして俄かに調べているけれど今のところこれといった手がかりは見つかっていない。
もし香水でもわかれば売っているお店に行ってお客さんについて聞けば手掛かりになると思ったんだけど。


「すみません…すごく似た香りを知っている気がして」


肩を落として謝罪をすれば、遠くを見るような瞳でこちらを覗き込んできた。その瞳からはなにも読み取れない。


説明が中途半端になっちゃってたな、再開しよう、と口を開きかけると私よりも少しだけ早くリヴァイ兵士長が声を発する。


「ところでなまえよ。涙の出なくなる薬の改良は進んだのか?」
「え?」


どうして、兵士長がそのことを。
涙の出なくなる薬は、私が本筋の研究の片手間に個人的に開発しているものだ。使うにはちょっと不便な副作用があるから時間を見つけては改良の為に試行錯誤を繰り返しているけれど、このことについてはハンジさんにだって言ったことないのに。


呆気に取られて返事をすることも出来ずにまじまじと顔を見ていると、お茶を淹れ終わったハンジさんがカップを運びながら「全く聞いてよリヴァイ」と話しかけて来た。


「まーたなまえは食事取るのも忘れて研究しちゃうんだよ。リヴァイからもなんか言ってやってよ」


今日はハンジさんに無理やりお昼に送り出されたけど、確かに最近は蝶の研究に夢中で食事の時間を削りがちになっていたからなにも反論できない。
でもそんなことリヴァイ兵士長は興味ないだろうし、「自己管理も出来ないなんて馬鹿か」とか言われて終わるのが目に見えていて、怒られるかもしくは良くてもシカトかと思って小さくなった。しかし、頭上から降りてくる声が案外優しいもので驚いて顔を上げてしまった


「おい、ちゃんと食え」


想像していたよりもずっと真剣な表情で言われてしまえば黙って頷く他ない。
兵士長が私みたいな末端兵士のことも気遣ってくれるなんて。びっくりしてみんなに言いふらしたいけどきっと誰も信じてくれないからやめておこう。


「で?リヴァイは何の用だい?」
「回覧書類だ」


思考が固まってしまった私を置いて、ハンジさんがリヴァイ兵士長に訪問の要件を尋ねればなんてことない、部下にでも任せればいいような用事で拍子抜けしてしまう。


それから直ぐにエルヴィン団長の遣いの人に呼ばれてリヴァイ兵士長が研究室から出て行ってしまうまで、私はろくにお茶も飲めずに時が過ぎるのをやり過ごすしかなかった。


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