目覚めてからの数日間、入念に健康状態を確認されて極めて健康であるとの太鼓判を押されてようやく退院の許可が降りた。
入院中は体を動かすことを最小限に制限れていたから暇で暇で仕方なかったし、元々申し訳程度にしか無かった筋力も衰えてしまった気がする。



ずっとケニルに任せきりになってしまっていた蝶の研究も退院したと同時に正式に引き継ぎをして思う存分調査を進めながら、時間を見つけてはちょこちょこと無理のない範囲で訓練をする日々が定着した。
研究も大切だけどちゃんと筋力や感覚を取り戻しておかないと次回の壁外調査ではついに巨人に殺されてしまうかもしれない。と考えてから、でも私はもう壁外調査には行かないから問題無いのでは?と脳裏に過ぎる。


だけど、すぐに違和感を覚えた。
…あれ?今なんで私、自分がもう壁外調査に行かないと思ったんだろう。
私だって弱いけど調査兵団に所属しているんだから壁外調査にはもちろん参加するはずなのに。


急に不安に思って、資料室で直近の壁外調査参加記録を遡る。
するとなぜか私の名前がそこにはなくて、参加していなかった事実だけが明らかになった。
おかしい。何かがおかしい気がする。なんだろうか。


自分の意識内に引っ掛かりを覚えて、そこから芋づる式に近頃感じる違和感について考えを巡らせる。


まず真っ先に浮かんでくるのは自室の変化だ。
退院して久方ぶりに自室に戻ると見たことのない物が微妙に増えていて首を捻った。
自分1人分のカップしか持ってなかったはずなのに何故か2人分のカップが置いてあったり、引き出しには小柄だけれど確かに男性物のシャツなどがあった。
見たことないような、そうでも無いような。不思議と気味が悪くは感じなくて、スンと鼻を寄せると清潔で懐かしい記憶の匂い。でもこれは私の洋服の匂いじゃない。

ひょっとしてオーバーサイズで女の子が着ていた物かも。一番親しいケニル辺りが置いて行ったのかな?いつの間に?とは思いつつ、直接彼女に聞くと驚いた顔をした後少し照れながら「私のじゃない」とだけ言ってそれ以降なにを聞いても答えてくれなかった。


違和感は他にもある。
入院中には普段から仲良くしている仲間やハンジさんなどがちょこちょこお見舞いを持って遊びに来てくれていたけれど、ある日誰も来なくて暇だったのでのんびりお昼寝して目を覚ますと、そばにあるテーブルの上にお見舞いの品が置かれていた。

誰だろう、起こしてくれればよかったのに。寝起きのぼんやりした頭で思いながら袋を手に取って見るけれど差出人からのカードもなにもなくて、誰から頂いたのか分からない。
仕方なく封を切って中を見れば、私なんかのお給料ではとても手の届かない様な高級菓子が入っていて目を丸くした。
こんなに高価なもの、いったい誰が。送り主はまるで分からないけれどもお菓子の魅力には抗い難くて口にすると、途端に幸せな甘みが広がって頬が緩んだ。
食べたこともないようなお菓子のはずなのに、その味はなぜだか懐かしくて胸の奥がじんわり疼くのを感じた。なんでだろう、この味を私は知っている。でも、いつ知ったのかは思い出せない。


退院後すぐに、私が接触した巨人を討伐してくれたと聞いたヘンリさんの元へお礼に行った時も思い返せばおかしかった。
会いに行けばちょうど訓練中だと聞いて、時間があったのでリハビリを兼ねたお散歩として訓練場まで足を伸ばして待たせてもらうことにした。
私が到着すると程なくして訓練が終わったのか、数名戻ってきた中にお目当ての人物を見つけて駆け寄るとものすごく動揺しながら迎え入れてくれた。


「お礼に来るのが遅れてすみません。ヘンリさんがいなかったら殺されていました」


ありがとうございます、と深く頭を下げるとあたふたしながら頭を上げるように促される。


「あの、お加減は…?」
「はい、おかげさまですっかり元気です」


なぜか気まずそうにおずおずと聞かれて、首を傾げながらも健康である旨を伝える。
そもそもどうしてヘンリさんは私に敬語なんだろうか。私は兵級的にもそんな丁寧に話されるような相手じゃないだろうに。元々誰に対しても腰が低い人なんだろうか。
屈強な兵士の見た目からはかけ離れた言動にやっぱり違和感が拭いきれずにいると、さらに腰を折って小声で話したそうにされて釣られて耳を寄せる。


「その、兵長のことは…?」
「え?」
「オイ」


不意に後ろから短く鋭い声をかけられて肩が跳ねる。ヘンリさんは私なんか比では無いほど大袈裟に体をビクッとさせて、その大きな体を可哀想なほど震えさせながら悪魔でも見るような顔で後ろを振り返る。


「余計なお喋りは終わりだ」
「ハイッ!!!申し訳ありませんでした!!」


ばね仕掛けの様に勢いよく敬礼をするとヘンリさんは脱兎の如く訓練場から去って行ってしまって、声をかけてきたリヴァイ兵士長と私だけが残される。

まずい、訓練の邪魔になってしまったのかもしれない。早々にこの場を去らなければ、とそそくさと敬礼をして退場すると、なにも言わずに黙ってずっとこちらを見つめられていたことに気がついた。
てっきりもう興味のない対象のことなんて見てないと思ったから不思議に感じてまじまじと観察してしまった。

その場を去る間のほんの短い時間だったけれど、目に映った兵士長はどこか少しやつれたように見えたのを覚えている。直接はあまり知らない人だけれど、色んな人が話す所によるといつだってきっちりと身支度をして隙を見せない姿勢を崩さない人だったと聞いていたのに。その人物像からは少し外れているように見えた。

そう言えば、私が目覚めた日に見た兵士長も確か聞いていたイメージとは違っていた。
あの日、部屋に入ってきた兵士長は直前まで訓練中だったのだろう。普通なら訓練所で外してくる立体機動装置もつけっぱなしで、髪の毛も乱れていたのを覚えている。
普段はたとえどんな緊急事態が起こっても一糸乱れぬ涼しい顔を崩さない程落ち着き払っているすごい人なんだといつか食堂で小耳に挟んだのに。


そして、極め付けは私が咄嗟に挨拶をした時の表情。
まるで、何かに切り付けられたかの様なとても痛そうな顔をしていた気がして。そんなリヴァイ兵士長を見ると私まで痛い気がしたのを覚えている。
あの顔が忘れられなくて、脳みそにずっと引っかかったままでいた。


ここ最近の様々な出来事を思い出しながら、資料室でもう一度壁外調査参加記録を眺める。
そもそもどうして私は最近の壁外調査に行ってなかったんだろう。
何か、大切な誰かとの、大切な約束だった気がする。


もう少しで記憶が結びつきそうな感覚を掴みかけるけれど、ちくり、と巨人と接触した頭に痛みが走って思考が中断してしまう。

私は何かを忘れてしまっているんだろうか。
思い出したいのに思い出せない、そんな曖昧な記憶に不安を抱き始めた。

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