馬に乗って隊列を組む。
最近だと簡単な訓練やお世話の時にしか馬に触れる機会が無かったから少し心が弾んだ。結構馬は好きなんだよね。


「開門!!」


エルヴィン団長の掛け声を列の中で聞くのも久しぶりだ。
調査に向かうみんなから遠く離れて祈るように強く手を握りしめて見送るのとは全然違う。みんなの一部になって外へ向かうという事実に高揚感を覚えた。


「全軍、進め!」


号令に反応して一斉に声を上げながら馬を走らせ始める。

何度経験しても巨人への恐怖心は薄まらないけれど、狭い壁から飛び出して広い世界へと自由に駆けるこの解放感は回数を重ねる度に病みつきになっていく気がする。
久しぶりだと、ことさら強く感じてしまう。あぁ、外の世界はこんなにも美しい。


この世界を、終わらせない為に。
人類がどこででも安心して自由に暮らせる世にする為に。

腰に下げた資材ポーチにそっと触れる。この中には例の蝶のサンプルが入っている。
この昆虫の生きている個体をできる限り多く集めて持ち帰ることが私の使命だ。そして、今回5名の精鋭が私を助けてくれる調査員として任命された。
本来ならばみなさん最前線で巨人と戦うほどの実力者揃いだけれど、私に同行する調査員をリヴァイ兵士長が決定することが壁外調査に参加させてもらう代わりに提示された条件だった。

正直、こんなに優秀な兵士をお借りしていいものかと気が引けたけれど無理を言って壁外調査に参加させてもらうことになった私からリヴァイ兵士長に班の編成についてまで口を出せる訳もなく、ありがたく受け入れることとなった。

中でも、1人は調査対象の蝶の目撃者でもあって以前見かけた場所まで案内してもらうという有力な手がかりを持つ頼もしい助っ人だ。


前後左右の班との連携を取りつつ、巨人との遭遇を警戒して馬を走らせる。
雨だと昆虫の活動が鈍くなることが心配だったけれど、今回は気持ちよく晴れてくれたからそれも杞憂に終わった。


しばらく間隔を守って前を走りながら蝶の生息地まで誘導してくれていた兵士が徐々に減速を始めたのを感じて、目を凝らしながら同じように馬の速度を緩める。

必死に視線を動かして、捜索するのはただ一つ。

気持ちのいい風を頬に感じながら流れていく景色をじっと見つめていると、不意に現れた軽やかな羽のはためきに目を奪われる。


抜けるように鮮やかなレモンイエロー。


何度も何度も、それこそ夢に見るほどサンプルを見続けた、その姿を見間違えるはずが無い。
ずっと探していた、人類の希望となり得る小さな生き物。


「あ、ちょっと、なまえさん!」


探し求めていて、でも壁の中には絶対に見つからなかったその蝶を見つけた瞬間嬉しくて、我を忘れて馬を降りて駆け寄る。

すぐ後ろに待機してくれていた班の人たちがテキパキと収集機材を取り出して設置を始めてくれた。

どんな生態なのか想像する他なくて、一般的な蝶と同じ習性と仮定して捕獲用の罠を作って来たからうまく機能するか心配だったけれど、設置してしばらくすれば吸い込まれるように大人しく中に入ってくれて歓声が上がった。

やった、生きている個体のサンプルを手に入れられた。
これはとても大きくて貴重な前進だ。嬉しくて身体が震えてくるのをぐっと押さえ込む。

この辺りで目視確認できる範囲の蝶は捕獲完了した。
かなりの数を捕まえることが出来たから研究用としては十分だと思うけれど多くて困ることはない。

できればもう一箇所くらい生息地を見つけて収集したいから場所を変えて捜索しよう、と班のみんなを振り返って提案しようとすると、その瞬間左側から爆発音が聞こえた。



「うわあああ!」
「12m級奇行種だ!!」


土煙と共に現れた大きな影。
随分と久しぶりに巨人をみた気がする。壁外調査に参加していなかったのだから、当たり前か。
久方ぶりに対峙するそれは、記憶よりもずっと凶悪に思えて身体が強張るのが分かった。


状況を理解すると共に、咄嗟に叫ぶ。
この巨人は、蝶を狙って来たのかもしれない。



「早く!蝶と逃げて!!」


既に全ての捕獲容器は荷馬車に積み終わっているから、後は走らせるだけだった。

この貴重なサンプルを失うわけにはいかない。


奇行種かと思われる巨人は前方にいる兵士には目もくれずに真っ直ぐこちらに向かってくる。
リヴァイ兵士長の指示によって私の配置はかなり後方の安全区域にされていたけれどもこんなにも深く陣営に食い込んでくるなんて。
これがもし、蝶の持つ特有の何かに惹かれているのだとしたら。
やはりこの研究には大きな意味がある。

未来への希望が湧いてくると同時に、目の前に迫る巨人への恐怖を思い出す。

巨人は馬にも乗れずに立ち尽くす私へも興味を示さずに、一心不乱に荷馬車を目指すように見えた。


ダメ、それには触らせない。
お願い、希望を壊さないで。


考えるよりも先に身体が動いて、無我夢中で巨人の身体に追い縋る。

周りの兵士の驚愕した顔が酷くゆっくりと見えた後、前を走る巨人が振る大きな腕があっという間に降ってきてぶつかるのが分かった。

不思議と痛みはなくて、頭に強い熱を感じる。


熱いなぁ。怪我の程度はどのくらいだろう。私はどうなるんだろう。
死んでしまうのかもしれない。だとしたら蝶の研究は誰かが引き継いでくれるだろう。今回の件で既に研究の有用性は証明出来たようなものだからきっと予算だって降りる。

そして、途切れゆく意識の中最後に浮かぶのは慣れないながらも精一杯の愛をくれた彼のこと。


私がいなくなったら、彼は泣くんだろうか。涙は見せないかな。
本当に私以外とは子供を持つ気はないのかな。でも、そんな寂しいこと、言わないで。

願わくば、優しくて不器用な彼の未来が1人ぼっちじゃありませんように。


ゆっくりと、幕が降りるように意識が落ちた。



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