ケニルから譲り受けた不思議な力を持つ可能性のある蝶の生息地を探し始めて早数週間。
ハンジさんを通して各所の許可を得て、調査の為の人員を割いてもらうことに成功してからずっとレモン色の蝶を探していた。

ウォールマリアから始めた調査は、ローゼ、シーナにも及んで、街の人への聞き込みや各兵団への情報募集、ポスターや目撃情報を集う紙まで配って情報収集に励んだけれど残念ながら壁の中では有益な情報を得ることは出来なかった。

なかなか進展しない調査に私を含む調査員は肩を落としていたけれど、一部の調査兵団の兵士から「壁外調査中に飛んでいるのを見たことがある」や「奇行種がなにやら黄色い物体と戯れついていた」等の証言を得ることが出来てからは風向きが変わった。

特徴的な色なだけあって、遠くからも視界に捉えやすく記憶に残っている人もいるみたいだ。
蝶と戯れていたと聞く奇行種だって、本当は通常種でその蝶がいたから異様な行動を取っていただけかも知れない。


壁の外での多数の目撃情報や巨人との相関性について仮説が固まって来たことによって、私が今するべきことは完全に決まった。
そして、私が突破するべき関門も明確だった。



「駄目だ」


私の自室でお茶を飲みながら前々から話していた蝶について追加で分かったことを伝えつつ、おずおずと壁外での調査へと赴きたい旨を切り出すもバッサリと却下される。

静かだけれども絶対に意見を変えるつもりはないことが分かる、そういう目をしていた。

だけれども私もここで「はいそうですか」と引き下がれるのであれば初めから打診なんてしない。やっぱり、どうしても自分の足で、目で調査を行いたかった。


「そこをなんとか、お願いします」


私がリヴァイ兵士長に逆らうことはあまりない。基本的には彼の言うことはいつも正しかったし、私よりもよっぽど思慮深い人が考えて決めたことに逆らう理由もなかった。
それに、大抵のことは私の好みであったり趣味を尊重してくれて合わせてくれるようなことも多かったから私達が意見の相違によって諍うことはなかった。

だから今回は初めて見せた私の我で、兵士長は少なからず驚いたはずだ。いつも静かな彼の空気が少しだけ揺らめいた気がした。


「…なまえよ」


ふ、と短く息を吐いてカップをソーサーに置くと真っ直ぐに私を見つめてくる。
いつもながらリヴァイ兵士長の視線はまっすぐで、まっすぐ過ぎて、普段なら直視するのも難しいけれど今回ばかりは逸らすわけにはいかずに必死で瞳を見つめ返しながら固唾を飲んで言葉を待った。


「俺はお前以外と子を持つ気はない」


視線を合わせたままキッパリと言い切られて、場違いと分かっていても頬が上気するのが止められなくなる。
少しだけ恥ずかしくも嬉しい言葉だ。だけど今は甘いセリフを吐いている訳ではなくて、交渉の最中なんだからどんなに恥ずかしくてもとにかく視線を逸らさないことに注力する。


「そしてそれは、お前が生きていても死んでいても変わらない」


これがどういう意味かわかるか?と続けられて、息を呑む。


前々から私との子供を、と言ってくれていたのはもはや調査兵団に所属している人なら誰だって知っているくらい周知のことで、もちろん私も意識はしていた。
だけどやっぱり心のどこかでは兵士長側から一方的に関係を終わらせることもいつだって出来るものだと暗く思っていたのも事実。だって、私はそんな、この人からの愛を独り占め出来るほどの何かを自分が持っているとは思っていない。

だから今のこの、リヴァイ兵士長から少しでも好かれている時間を精一杯楽しもうとそう思っていたけれど、どうやら兵士長は予想していたよりもずっと深く私を愛してくれているのかもしれない。

今の言葉は、私がもし彼との子を産まずに死ぬようなことがあればもう誰とも交わるつもりはないという宣言に思えた。
そんなの、まるでプロポーズじゃないか。

一介のへなちょこ兵士である私にそんなにも心を割いてくれていたなんて。

喜びが体の底から溢れてきて、目を瞑って息を吸う。
だけど、喜びと同時に大きすぎる苦しみにも襲われてきて自分を抑えることが出来なかった。



「っ、ふ、う…」
「なまえ…」



悲しくて辛くて涙が溢れ出る。
突然泣き始めた私に戸惑っている兵士長の気配を感じるけれど目からとめど無くこぼれ出る涙を止めることなんて出来なかった。


どうしても優しくて愛おしい彼の体温に触れたくて、手を伸ばす。
そっと、固い皮膚で覆われた手に触れればそれは拒絶することなく受け入れられて泣きながらも安心した。

私は、こんなにも私を愛してくれる人の命を延ばす役に立ちたい。

きっと私の手助けなんて無くてもこの人は死なない。そう信じてはいるけれども、どんなに強く信じ込んでもどうしても不安が完全に潰えることはない。


きっとこの研究は、人類を助けるものになる。
やっと出会えた最愛と呼べる人を助けられる研究かもしれないんだ。
それほどまでに大切に思う研究だから、人任せにして自分だけのんびり安全なところで待っているなんて出来ない。どうしても壁外での調査を自分で納得するまで行いたかった。



「それでも、私はどうしても」


あなたと一緒に生きたいから。


絞り出すように自分の思いを言葉に乗せて、長い時間をかけて涙と一緒に出し切った。

いつだって壁外調査の前は自分が行かずともハンジさんやケニルをはじめとした仲間、それにリヴァイ兵士長が永遠にいなくなってしまうかもと思って怖いこと。
みんなが壁外にいる時は不安で不安で食事も喉を通らなければ睡眠を取ることもままならないこと。
無事に帰って来てくれた後でさえ、仲間の怪我や命を落としたかもしれない可能性を見聞きして恐怖に溺れそうになること。
どうしても、リヴァイ兵士長と共に生きる未来が欲しいこと。


そして、長い長い時間が経って、すっかりお茶も冷め夜が深まった頃。涙に濡れたぐちゃぐちゃの顔でたどたどしく話す私の言葉を聞いて、リヴァイ兵士長は苦しそうしながらも私が壁外調査に向かうことを承諾してくれたのだった。

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