壁外調査を終えてから数日、調査兵団は事務処理に追われていた。
作戦内容の概要と成果、各班の行動と被害結果、得られた情報、負傷した兵士の送り先や足りなくなった人員の補充、戦死した兵士親族への連絡など、あげたら切りが無い量の仕事が押し寄せてくる。



特に私は研究部門のハンジさんの直属の部下だし、更に今回は最強精鋭部隊であるリヴァイ班の班員として作戦に参加したからその両方の事務処理をしなければならなくていつもの倍の仕事量だった。


はぁ、私ははやく普段の研究に戻りたいのに。普段の生活に戻りたい。
命の消えてしまった仲間達の事を忘れる事はできないけど、普段の生活にさえ戻れれば、普段の私に戻れれば、少なくとも悪夢に追われる事もないと思う。
いままでもいつもそうして乗り切って来た。仲間が死ぬのは初めてじゃない。何度も経験してきた苦しみじゃないか。私は心を鈍くする事を覚えて来たはずだ。そうしないと心が守れなかった。心を鈍くして、心を上手に騙してずる賢い人間になれてたはずだ。

…なのにどうして今回はこんなに痛いんだろう。
どうして断ち切れないんだろう。
薄れて来る筈の痛みがなぜか日を追うごとに増えて行って、どんなに事務作業に没頭しようとしてもいつの間にか思考は仲間の死によって支配されてて、頭の中で最終的に辿り着くのはいつもいつも、リヴァイ兵士長の事だった。


馬鹿馬鹿しい。
だめだ、彼の事を考えちゃだめだ。欲しがっちゃだめだ。
あの人が私を弱くした。生きたいと思ってしまった。死なないで欲しいと思ってしまった。
生への執着は人を弱くする。死亡フラグにも程がある。

彼は私がどんなに焦がれ望んでも手に入る人じゃない。
だめなんだ。望んだその瞬間から終わりは見えている。



重くなる頭を軽く振って、立ち上がる。
仕上がった書類を提出しに行かなきゃ。
とりあえず今日はここまでにしようかな。もう部屋に戻って休もう。少しでも悪夢に追われずに眠れたら、明日また続きをやろう。



「この書類、エルヴィン団長に提出して直帰します」

「あぁ、おつかれ〜。…なまえ、顔色良くないね。ちゃんと眠れてる?」

「大丈夫ですよ。みんな忙しい時期ですからね。もうちょっとで終わりますし頑張りましょう」

「うん…そうだね。まぁとにかく今日はよく休んで。また明日」

「はい。失礼します」



めずらしくきちんと書類に向き合ってくれているハンジさんに挨拶してからエルヴィン団長のオフィスに向かう。

廊下ですれ違う兵士達の顔も、やはり疲労に沈んでいた。
精神的な疲れも肉体的な疲れも取れないままこんな事務処理に追われてちゃ無理もないよね。
甘いものでも、食べたいなぁ、

と考えた所でまたリヴァイ兵士長の顔が浮かぶ。
そういえば私が怪我した時、頻繁にお菓子を持って来てくれたな、なんて。
思い出しちゃいけないのに。甘えたくなってしまう。

じわりと目頭が熱くなるのを感じて慌てて足を速める。
こんな、考えただけで泣きたくなっちゃうなんて末期だ。
はやく書類を提出して部屋で1人になろう。

軽く息を整えてからエルヴィン団長のオフィスの扉をノックすれば入るように声が返って来たので静かに扉を開く。



「失礼します。壁外調査の報告書を持って来まし、……!」

「あぁ、ご苦労。確認しよう」

「………………………」



てっきり部屋にはエルヴィン団長しかいないと思っていたのに、リヴァイ兵士長が団長の机の前に立っているのが見えて言葉を続けられなかった。

ずっとずっと思考を支配されていた人と突然遭遇して驚かない訳が無い。
会うのは壁外調査の日、以来だ。

他の兵士達が疲労に染まっている中、彼は相も変わらず凛としていた。
まるで疲れを漂わせない鋭く真っ直ぐ意志を持った視線が私を捉えて、書類を持って立ち尽くす事しかできない。



「…………俺の報告は以上だ。もういいな」

「完璧だよ。助かった」

「チッ…。俺はもう上がる。他に用があれば部下に伝えろ」

「了解した」



リヴァイ兵士長も報告をしに来ていたのか、私から視線を外すとエルヴィン団長との会話を簡潔に終わらせて、カツカツと靴音を響かせながら扉の前で立ち尽くしている私に近寄ってくる。



「、っ………」

「……………………………」




すれ違う瞬間、リヴァイ兵士長の香りが鼻腔をくすぐって、堪らずぎゅっと目をつむる。
壁外調査の前日、涙を垂れ流していた私の震えを止めるように抱きしめてくれた温もりを思い出してしまいそうで、再び求めてしまいそうで。

顔を伏せて息を詰めて、リヴァイ兵士長が遠ざかるのをひたすら待つ。

彼の光は強すぎる。
まともに見つめていれば眼が潰れてしまう。焦がれて焦がれて、焼き尽くされてしまう。



扉の閉まる音を聞いて、やっと呼吸が戻ってくる。
そっと目を開けて、気を取り直してエルヴィン団長に持っていた書類を渡すと彼はまるでなんでも分かっているかのように何も聞かずに書類を確認し始める。
そんな自然なエルヴィン団長の対応に救われる。

書類に目を通し終わったのか、エルヴィン団長は柔らかい目で私に笑った。


「確かに、受け取った。ご苦労」

「それでは、失礼します」

「……君は、」

「、?」



退室してさっさと部屋に帰ろうと踵を返せば、不意に呼び止められて振り返る。



「君はもしかして、リヴァイが負傷させてしまった子、かな?」



瞬間、鼓動が速くなるのを感じる。

まさか、エルヴィン団長にまで知られていたとは。



「事実のみ汲み取れ場そうですが、あれは私の責任です。負傷させられた、とは思っていません」

「いや、…そうか。……そうか」



何やら考えてるように口元に手を当てて黙ってしまったエルヴィン団長に、今度こそ退室しようと声をかけようとすれば、彼は下に向けてた視線を私に合わせて、言った。



「リヴァイはあれで結構繊細なんだ。機会があったら話でもしてやってくれ」

「………はい」



もう彼が言葉を続ける気が無いのを確認して、やっと退室する。

リヴァイ兵士長が、繊細?
あまりにも彼にマッチしない単語で、動揺する。
周りの兵士は疲労しきっているのに対して彼は完全に通常通りの凛とした鋭さを保っていた。


仮に、本当にリヴァイ兵士長が実は疲れを隠しているとして、一体私に何が出来るんだろう。エルヴィン団長の言う通りに私が彼と話したところで、兵士長にはなんのプラスにはならないと思うけど。



あれこれ悩んでも仕方ないからまっすぐ自室に向かって歩けば、私の部屋の前の壁に背を預け、腕組みをして立っている影を見つけて声を上げそうになる。
だってそのにいたのは、



「たかだか書類提出にどんだけかかってんだ」

「リヴァイ兵士長、!」



少し不機嫌そうな瞳が私を射抜けば、もう私は捕らわれてしまうんだ。

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