「ちっ…」


段々と雨が強くなって無意識に舌打ちが出る。
視界は悪いし皮膚に当たる雨粒は煩わしいし徐々に体温を奪われて行く感覚は不愉快だ。

視線を後ろに流せば口元をきつく結んでひたすら馬を走らせるなまえが見える。

実際に訓練を付けて壁外調査可能と判断出来たものの、やはり怪我の影響が気がかりで無理矢理ハンジの班から引き抜いたが、今のところは何も問題が無いように思える。

もともと乗馬は得意だったはずだ。
ただ雨のせいで寒さを感じていないかが気がかりだった。


前に向き直ると左右から煙弾が上がる。巨人が現れたのか。


この辺りは視界を遮る障害物が多いから発見が遅れたんだろう。近い。


部下に煙弾を撃つように指示を出して再び馬を走らせる事に集中すると突然前方に巨大な腕が現れ、前を走っていた先頭班の一人が不意に馬から跳ね飛ばされ宙に放り出される。

巨人だ、と意識するよりも速く手が刀を握る。


直ぐに駆け出そうとも思ったが、流石に先頭の班を任されているだけの力があり、即座に反応した同じ先頭班の奴らが二人一組になって巨人の項を削ぎ、巨人に食われようとしていた奴を助け出した。

しかしそいつらが馬に戻って体制を立て直す間も無く、左から三体の巨人が駆けて来る。
これを隊列の乱れた今の先頭班が対処するのは無理だろうな。



「先頭班を援護する。俺に続け」

「はい!!」


俺が巨人に向けて馬を走らせればなまえを含む俺の班の奴らが付いてくる。
出来ればなまえには戦闘をさせたくない。
俺一人で三体やる、か。



「マルク、俺がやる。気を引けるか」

「出来ます!!」

「兵士長!1人で三体相手にする気ですか!援護します!」

「必要ない。お前らは巻き込まれない場所で待機していろ」

「兵士長!!」


顔を引き攣らせて声を上げるなまえを振り切って、マルクと共に馬を走らせ、ある程度近づいてから立体起動に移る。

まずはまだ俺を視界に捉えられていない奴の項を後ろから近づいて削ぐ。

巨人の倒れる音に気づいたのか、此方を振り返った二体の視線から逃れるように素早く立体起動で移動すればマルクが自ら巨人の視界に入って行き、気を引いた。
巨人共がマルクを追い始めると同時にガスを吹かして一気に近づき二体同時に項を削いだ。


少しずつ雨足が強くなってきている。
雨の雫が顔にかかって鬱陶しい事この上無いが、汚ぇ巨人の血は洗い流してくれるから良しとしよう。


馬に乗って班と合流すれば未だに心配そうな顔をしているなまえがいる。

全く、俺があの程度でやられると思ったのか。
他の奴らと一緒にするな。

不安そうな顔を安心させたくて、無意識の内になまえに手を伸ばそうとすると、後ろから数発同時に煙弾の上がる音がした。

反射的に振り返れば二体の巨人が右翼先頭班を襲っていた。
一体の巨人は既に一人の人間を手に握っていて、今にも口の中に入れようとしている。
右翼班が救出しようと苦心しているがもう一体の巨人が邪魔をする。



「っ、ケイリー!!!」

「おい、なまえ、!」


援護に向かう、と俺が言おうとしたその瞬間になまえは一人馬を走らせて巨人共に向かって行く。
叫んだ名前の持ち主は恐らく今まさに食われかけている女の名前なんだろう。

即座に俺達も援護に向かう旨を班に伝えて馬を全速力で走らせればなまえとほぼ同じタイミングで巨人の元に到着する。


「なまえ、おまえは待機していろ。俺がやる」

「私も行きます!!囮になります!!」



言うが早いがなまえは立体起動装置を使い空中に飛び出す。
俺は一瞬頭が真っ白になった。
なまえが、囮?
そんな危険な事を、どうしてわざわざ。
なまえが囮なんてしなくても巨人は既に他の奴らに気を取られているから後ろに回り込んで項を削ぐのは俺にとっては容易な事だ。
それなに、どうして。
やめろ、やめてくれ。
前に出るな、俺の後ろにいろ。


咄嗟の予想外ななまえの行動に一瞬頭が真っ白になって動くのが遅れた。


しかし、巨人に捕らえられていた女の悲鳴で我に返って即座に討伐・救助に向かう。


ふざけたツラした巨人が俺に手を伸ばすが、そいつの視界をなまえが横切り気を逸らす。
その隙に俺も立体起動に移って建物を使い、女を捕らえている巨人の腕を切り落とす。
腕ごと女が地面に落ち、巨人が怯んだ所で後ろに回り項を切る。
その勢いのままなまえが気を引いている巨人の項も切り落とせば慌ててなまえが降りてきて巨人に捕らえられていた女に駆け寄る。



「ケイリー!ケイリー!!」



地面に倒れている女は食われはしなかったものの巨人の手で握られたのか下半身が潰れていた。


おびただしい量の血が雨と共に流れて行き、もはや出血箇所を特定するのが困難なほど全身から出血している。

これは、助からねぇだろうな。

今まで幾人もの兵士が死ぬ瞬間を見て来たから、助かる奴と助からない奴くらいは見分けられる。
この女は、無理だ。


なまえは雨でぐちゃぐちゃになった土の上に膝をついて必死に女の手を握り呼びかけているが、もう言葉を紡ぐ力も無いのか弱い呼吸が喉から漏れる音しかしない。
瞳にも何も写らないのかただ曇天を見つめている。



「ケイリー……、嫌だよ、ねぇ、…ねぇ……」


なまえの声も次第に小さくなり、女の呼吸の音が完全に途絶える。
きっとその握っている手にはもう温かみは無いのだろう。

動こうとしないなまえの隣に俺も片膝をつくと白い調査兵団の制服が泥に濡れるがそんな事は今はどうでもいい。

ここに長くいるのは危険だ。
早く馬に戻り隊列と合流した方がいい。



「なまえ、…この女は後で回収に来させる。馬に戻るぞ」

「……この子は、訓練生時代のルームメイトで……」

「…………………………」

「いっ、一緒にお買い物とか、ごはんとか、…っ」

「……そうか」


心臓の止まった女の手を握りしめながら紡がれるなまえの声は震えていて、堪らず顔を見ればなまえが泣いてるように見えて動けなくなる。


昨日、涙の出なくなる薬を飲んだから今こいつから涙が流れる筈が無い事を頭では理解していても、降り続ける雨がなまえの顔を濡らしてまるで涙を流しているように見えてしまう。


……いや、実際に泣いているんだろうな。
きっと、なまえの心は泣き叫んでいる。
それこそ、血の涙を流して。


未だに震える小さな肩を抱いてゆっくりなまえの手を死体から離す。



「………戻るぞ」

「…………………………はい」



小さな小さな、雨で掻き消されてしまいそうな小さな声で答えたなまえは立ち上がって馬へと歩き出す。

この女は回収班に任せればいい。


…俺が、この女を助けられた可能性は、あったのだろうか。
なまえに涙を流させずに済んだ可能性は、あったのだろうか。


今更どうにもならない事を考えてしまう。


愛しいと思う女の涙ひとつ掬ってやれないほど、俺は無力な人間だ。


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