まるで霧のような雨だなぁ。
今日は壁外調査だっていうのに生憎の雨だ。
昨日はあんなに綺麗な月が出ていたのに。
霧のような弱い雨でもそれは私たちの視界を狭くするには充分だ。
危険も増えるから壁外調査の延期も提案されたけど、雨による巨人への影響を観察するのも貴重だと上が判断したから結局壁外調査は決行することになった。
馬に跨って外の世界へと繋がる唯一の扉の前に隊列を組む。
私のいる班は中央二列目。
リヴァイ兵士長率いる班だ。
斜め前で馬に乗っている兵士長をこっそり見る。
すっと伸びた背筋は美しくて、彼に相応しいと思った。
…昨日は、恥ずかしいところを見られちゃったなぁ。
まさか人が来るなんて思わなかった。
けど、あそこで来たのがリヴァイ兵士長で、よかったとも思う。
他の誰かだったらあそこまで曝け出すことはできなかったと思う。
どうしてあんなにもリヴァイ兵士長には素直になれたんだろう。
…知って、欲しかったのかな。
汚い私も、弱い私も。
軽蔑されるかもしれなかったとしても、知られないままよりもずっといい。
彼は、兵士長は何を思って私を抱きしめてくれたんだろう。
まるで大切な宝物を護るかのように、祈るように、縋るように抱きしめられた彼の腕の中は心地よかった。
まるで愛されていると錯覚させられるほど優しい腕に最初は戸惑ったけど、ただただ心地よくて心の中を占領していた黒く重い物がゆっくり解けて行くのが分かった。
兵士長は、小柄で見ようによっては華奢にも見えるのに抱きしめられてみれば驚くほど背中が広くて、しっかりした身体つきで、華奢なんてとんでもない。筋肉が詰まってるのが分かった。
貧相ですかすかの私の身体とは根本的に違う事を思い知らされた。
普段は人類の希望を、未来を護っている人類最強と謳われる人の腕が自分の涙を止めるために私だけを包んでいると考えるとどうしようもない優越感に駆られたけど直ぐにこの温もりを独占する事は叶わないのを思って更に涙が出た。
私は、この人を求めちゃいけない。
婚活、なんて簡単に言えなくなっちゃった。
最初は生還率の高い調査兵団の兵士なら誰でもいいや、と思ってたけど。まさかリヴァイ兵士長が欲しくなるなんて。
高望みにも程がある。
確かに彼は他の誰よりも生還率が高い。誰よりも強くて、傷を負った所なんて見たことも無い。
だけど私が彼を望んでいいはずがないんだ。
彼は全人類の希望を背負っている。
そこに更に私を背負わせる訳にはいかない。
エルヴィン団長の号令が響き渡って、一斉に外の世界に向けて前進する。
狭く閉ざされた壁から出れば、果てしなく地平と空が続いている。
雨が降っているから美しい空が見えないのは残念だけどこの解放感は何度味わってもいいものだ。
隊列を乱さないように馬を走らせれば雨の丸い粒がこっちに向かって飛んでくるのが一つ一つよく見える。
心の底から、美しいと思った。
左前方と右中央から煙弾が上がる。巨人と遭遇したんだろう。
前を見ればリヴァイ兵士長が視界に入る。
残酷な程、美しい世界だと思った。