医務室から出てその足でハンジの研究室へと向かい丁度帰って来ていた奴になまえが骨折した事を伝えると心配してろくに俺の話を聞こうともせず医務室に飛んで行った。
なまえには口止めをされたけれど、せめてあいつの直属の上司のこいつには真実を伝えようと思ったのに説明する隙も無かった。




…しかし。


医師が手当をするためになまえのジャケットを脱がした時に見えた無数の、傷。

新しいものから古いものまで。
滑らかな白い肌を嘲笑うかのように散らばった傷。


そうか。そうだよな。
あいつはどんなにふざけた言動をしていようとも、普段研究室に籠っていようとも、俺と同じ調査兵団の一員なんだ。
訓練中に負った傷もあれば壁外調査中に付けた傷もあるだろう。

他の兵士と変わらず何度も死にそうな目にあって来たんだろう。
血反吐も吐いて来たんだろう。

そんな奴を俺は表面だけの言動で判断して、挙げ句の果てに怪我を負わせた。


…まったく、自分の愚かさ加減に腹が立つ。



どうしたら自分のした事を償えるのか考えていると扉がノックされ、そこから顔を出したのはハンジだった。



「やっほー。抜けてた資料のページを持って来たよ」



手に持っていた書類を俺に渡すハンジはなまえの事についてなにも聞こうとしないが、今 言わないと今後言いだすタイミングは無いだろう、と思い口を開く。


「ああ。……………ハンジ。なまえの腕の事だが、あれは」

「私は、なまえ本人から自分で転んで骨が折れたって聞いたよ」



俺の言葉を遮ってハンジが言い切る。



「だから、もうそれ以上の説明は必要無いし受け付けない」



はっきりとそう宣言するこいつは、俺から話を聞かなくても大方の予想は付いているんだろう。
そしてハンジは目元を緩めて続ける。



「それに、君が彼女を医務室まで運んでくれたとも聞いた。とても感謝していたよ。私からも礼を言う。部下が世話になったね。ありがとう」



なまえの骨を折った張本人である俺に礼を言うハンジに、何も言葉を返せなかった。
礼を言われるどころか、怪我を負わせたのは俺だ。



自己嫌悪に襲われて眉間に皺が寄っているであろう俺を見てハンジは肩をすくめると、微かに悲しそうな顔で静かに話し始める。



「………なまえはね、普段とても悲しい研究をしているんだよ…いや、悲しいというより、虚しい、かな」

「虚しい研究…?」

「うん。私が止めようとしてものらりくらりと理由を付けて躱されちゃう」



一体どんな研究なのか想像も出来ないでいると、ハンジはふっと笑って穏やかに言った。



「あの子は普段は飄々としていて時には軽率に見える言動を取るかもしれない。だけど分かってやって欲しい。それは彼女なりの自分を護る術なんだ」




それだけ言うと満足したのか扉から出て行こうとする奴を反射的に呼び止める。



「おいっ、それはどういう…」

「あ、そうだリヴァイ。なまえくらいの年頃の女の子はみんな甘いものに目がないんだ。知ってた?」

「そんな事、」

「んじゃ、バイバーイ」




ひらひらと手を振って、こちらの制止も聞かずに出て行ってしまったハンジの言葉の意味を頭の中で反芻する。



軽率な言動は己を護る術。
それが本当ならば俺はやはりとんでもない事をしてしまった。
表面上だけの言葉に気を取られてなまえの本当の意図を汲み取ろうともしないで。


…………………くそっ

今更悔やんでもなまえの骨は戻らない。
だとしたら今 俺に出来る事はごく限られている。

即急に執務を終わらせ、ハンジが出て行く直前に残した言葉を思い浮かべながら内地の菓子屋へ向かった。

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