やっちまった。骨が折れた、と認識し即座に右手を離すが、今更何も現状は変わらない。

なまえが短い息を繰り返しながら右手で自分の左手首を支える。



「お、おい、なまえ、」

「っ、…はっ、は、んっ………」



必死に荒い息を吐き出して苦痛をやりすごそうとするが、目にはうっすら生理的な涙が浮かんでいる。
きっと骨折は初めてでどう対処していいのかも分からないんだろう。
痛みに叫んで失神してもおかしくない程の激痛のはずだ。それをこいつはこの小さい身体で必死に押し込めようとしている。


自分の仕出かした事が信じられなくて、自分がどうしようもないクズに思えて舌打ちをする。
だけど今ここでそんな事考えていても仕方が無い。

椅子から動けずにいるなまえの傍に近寄って、床に膝をついて顔を覗き込む。



「なまえ、話も謝罪も後だ。お前を医務室に運ぶ。いいな?」

「くっ、……っは」

「…………………………」



喋れる状況にないなまえを、そっと立たせて背と膝の裏に手を回して、なるべく左手を動かさないように持ち上げる。


「ぃっ…………」

「…少しの辛抱だ」



どんなに静かに動こうとしても、どうしても少しは響いてしまう。
小さく小さく悲鳴を上げるなまえを見ていられなくてただひたすら医務室を目指す。
しかし、軽い。軽すぎる。こんな身体ではやはり立体起動装置を満足に使えるとは思えない。
そんな事が頭によぎるが、今はそれどころじゃない。

ムキになって部下の骨を折る、なんて聞いた事が無い。

なまえはこんなに苦しんでいる。そして苦しめているのは、俺だ。

自分の馬鹿馬鹿しさに腹が立つ。



ようやく医務室に着くと医師は俺の顔をみて目を丸くしたが、すぐに怪我人は俺ではないと気づいて寄って来た。



「リヴァイ兵長、そちらの方は?どうしたのですか?」

「骨を折っている。見てやってくれ」




ゆっくりとなまえをベッドに降ろすとすぐに医師は腕を見る。
未だ苦痛に耐えているなまえの額には脂汗が滲んでいて、こいつがいまどんな激痛の中必死に声を上げるのを耐えているのか想像がつく。



医師が骨折を確認した後なまえに痛み止めを飲ませれば、即効性の物なのか数分経つと次第になまえの息が静まって来た。



「しかし…どうして骨折なんかされたのですか?」



落ち着いたなまえを見て医師が当たり前の疑問を投げて来て、思考を巡らせる。
口論にも満たない会話の最中に俺がつい力加減を誤って折ってしまった、と言ったところでどこまでこの医師は信じるのか。どう説明しようか、と考えていると少しだけ苦しさが和らいだ顔のなまえが先に口を開いた。


「私の、不注意で、転んで折りました………」

「おい、なまえお前…。違う、これは俺が、」

「私が、!躓いて……折れたんです」



訂正しようとすると強い意志の籠った目で制されてつい気圧される形で口を噤んでしまう。


こいつが何故自分の骨を折った張本人の俺を庇うような真似をするのか分からないが、今 俺はなまえに強気でいられる立場ではない。


結局なまえは今日一日医務室で休む事になり、俺はハンジにその事を伝えて自分の執務に戻る事になった。



「兵士長。私は、自分で転んで骨を折りました。…そう、ハンジさんに伝えて下さい」



俺が医務室を出る間際、しっかりとした声で呼び止められて俺は何も言えずにただ頷いてしまった。


まったく、俺は何をやっているんだ。あいつをどうしたいんだ。

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