「(……あれ、ない)」
机の中をがさごそ漁っても数学の教科書は見つからなくて、そっと息をつく。
いまから他のクラスに借りに行っても間に合わないし、今日はこのまま乗り切ろう。教科書使わないことを祈るしかない。必死に黒板見てれば大丈夫でしょう。
「じゃあ今日は自習な。29ページの問題をやるように。今日の放課後までに職員室に持ってこい」
「………うそ」
あまりにもタイミングの悪すぎる先生につい声が漏れる。
なんでよりによって今日なんだ。っていうか教科書忘れたの今日がはじめてなのに。自分のついてなさにため息も出ない。
「…教科書ないの?」
「あ、うん…。忘れちゃって…」
「じゃあ俺の見る?」
「え?」
隣の席の浅羽くんが声をかけてくれて、私の返事を待たずに机を静かに動かして教科書を真ん中に置いてくれた。わぁ、親切だ。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。…ごめん、落書きしてあるけど」
「ふふっ、浅羽くんが書いたの?」
「俺じゃなくて祐希の方だけどね」
「あ、弟さんか」
浅羽くんの教科書にはしっぽの長い猫のようなものが書いてあって、兄弟仲がいいのがわかった。
「俺はもっとちゃんと書けるよ。………ほら」
「うわぁ、絵、うまいんだね」
さらさら教科書にシャーペンを滑らせて書いた絵は本物の猫そっくりで驚く。すごい。双子の兄弟でもこんなに違うもんなんだな。
感心してから、数学の問題を解き始める。
本当はもうちょっと浅羽くんは喋ってみたいけど数学が苦手な私にとってこの量の問題を今日中に提出するには集中するしかない。
「(………………なんだこれ、…こんなのやったっけ)」
「…わからないの?」
一問目からいきなりわからなくて、ノートをさかのぼりながらヒントを探していると隣ですらすら問題を解いていた浅羽くんが私を見てくる。
うわ、浅羽くんもう結構終わってる。すごい…。
「これはこの公式を使って解くんだよ」
「…あ、ほんとだ…ちょっと形が違うからわからなかった」
「次のはxとyを逆にして、…ここに代入」
「なんかこれやった気がする…!そっか、じゃあこれはさっきの公式をここに入れて、別々に解くんだね」
「そうそう」
「ありがとう浅羽くん。教えるの上手だね、わかりやすい」
「いつも試験当日に弟の勉強手伝ってるからね。あいつすごいよ、毎回当日にしか勉強しないのに赤点逃れてるの」
「うわぁ羨ましい。きっと浅羽くんの教え方がうまいからだね。私は前から勉強しても数学たまにやばいよ…」
「…じゃあ、俺がたまに教えようか」
「、え?」
思いがけない提案に思わず問題を解く手を止めて浅羽くんを見ると、彼はなんでもないように手を動かし続けてる。え、私の聞き間違い…?
「…迷惑なら無理にとはいわないけど、」
「め、迷惑なんかじゃないよ、!!っていうか、私としてはすごく助かる…ありがとう」
「……うん」
慌ててお礼を言うと、浅羽くんは少し驚いたような顔をして、軽く顎を引いた。
席が隣になってからあんまり話したことなかったけど、すごく優しいなぁ。仲良くなれそうで、よかった。
教室にきらきら太陽の光が入ってきて、散った。