昨日までしつこく降り続いていた雨がようやく止み、数日ぶりに雲がない夏日になったと思っていたら、昨日までの湿度はしっかりと存在を主張していてじめじめ暑苦しいことこの上ない。

じっとりとうなじに張り付く髪が微妙に不快で。
あぁ、そろそろこの髪も切ってしまおうか。


さっさと目的の店まで移動してしまおう、と心に決めて歩調を早めると前を歩く人影が見えた。



「……夢はまだ?」


大きな鞄を背負った小さな背中はクラスメイトの夢はまだのもので、荷物が重いせいなのか暑さのせいなのかふらふらおぼつかない足取りでなんとか前に進んでいる。



「え…?あ、八熊くん」



こんにちは、と俺の声に振り返った夢はまだの顔は真っ赤で、額にも汗が浮かんでいる。ついでに呼吸も荒い。
…こいつ、どんだけずっと外にいたんだ?熱射病にすぐなるような気温でも無いが、この汗の感じはやべぇだろ……。


部活で何人も暑さと疲労でバタバタ倒れるのを見慣れているせいか、段々と人の限界値がわかるようになってきた。
そんでいまの夢はまだはまぁまぁやばそうではある。

そんなクラスメイトを見て見ぬ振りも出来なくて、さっさと挨拶して俺は俺の目的地に向かおうと思っていたが、仕方ない。急ぐ用事でもない。



「よ。どこ行くんだよ?」

「総合図書館にね、本を返しに」



何冊も並行して読むのが好きで、どんどん借り続けたらどんどん冊数溜まっちゃって…と背負う鞄を振り返りながら言う夢はまだの視線につられて、改めて鞄を見ればなるほど確かに本が何冊も詰まっているのかところどころ角ばっているのが見て取れる。



「八熊くんは?今日は練習おやすみ?」



首をぐっと上へ傾けながらも俺の顔を見て喋ってくる夢はまだの息は荒く、単語と単語の間には苦しそうな息継ぎが挟まる。
そんなに頭を傾けて、余計ふらふらにならないか気になってしまう。



「あぁ。今日は朝練だけ。…図書館なら通り道だから荷物貸して」

「ん?…え、」




俺の行先はちょうど町の図書館を超えた場所にあるスポーツ用品店。
別に急ぎの用事でもないし、ここで夢はまだを置いてさっさと買い物に向かったところで帰り道に倒れて転がっているクラスメイトの発見もしたくない。
プラス、このふらついた足取りだと前へ進むだけでも精一杯だろう。一方俺は手ぶらに近い状態だから荷物も持ってしまった方が夢はまだも楽だろうし、俺としても夢はまだが倒れるんじゃないかとハラハラする要素が減って楽。



鞄の持ち手を上に軽く引けば、するりと簡単に夢はまだの肩から外れて取れる。
…こいつ、ひったくりとかに合わないといいな……。
なんというか身体の作りが甘いというか、柔いというか、とにかく簡単にどうとでもなってしまいそうで不安な気持ちが増長する。
特別な感情とかそういうことではなく、単純に身近な人間には平和に暮らしていてほしいと思うものだ。



「わ、悪いよ、さすがに悪すぎる」



鞄を奪った俺を見て、慌てたように手を伸ばして来るけれど、そんな熱中症ギリ手前の奴に荷物を返す気なんて毛頭無い。



「たくさん溜め込んじゃったからとっても重いでしょ?八熊くんに怪我でもされたら私はもう…転校するしか…」

「べつに重くないから。どうせついでだし、気にすんな」

「ほんとに?大丈夫?無理しないで、つらくなったらちゃんと言ってね」

「いいから前見て歩け」

「…ありがとう」



しばらくおろおろと鞄と俺とに視線を向けて戸惑っていたけれど、俺が荷物を返す気がないと悟ったのか大人しく前を向いて再度歩き始める。

荷物がなくなったとはいえ、暑い気温と高い湿度での体力消耗やそもそもの体格差のせいで、夢はまだの歩く速度は恐ろしくゆっくりだ。

少しでも気を抜くと夢はまだを置いていってしまいそうになるから、慎重に歩幅を調節して早くなりすぎない様に歩く。



「ここはあれだね、心臓やぶりの坂だね。バスケ部のみんなはここを走ったりしてるんだよね」



すごいなぁ…と感心した様に溜息を漏らす夢はまだの言葉に、まじまじと夢はまだの顔を見てしまう。



「…坂、か?」

「え、坂…だよ?」



確かに、注意深く意識してみるとごくごく軽い傾斜がついてはいるが、坂と呼ぶにはあまりにも緩やかなそれで、どちらかといえば平坦な道として認識していたがどうやら夢はまだにとってはここは坂の部類に入るらしくいたって真剣な顔で呼吸を乱しながら一歩一歩前へ進んでいる。


今はまだ顔が赤いからギリギリのラインだろうが、これが青っぽくなってきたらマジでやばいから、気づかれない様に時折俺のよりも遥か下にある夢はまだの横顔を伺う。


額には相変わらず汗が滲んでいて、たまに夢はまだの指がそれをぬぐって行く。まるい輪郭の頬は真っ赤になって、よくよく見るとそこに柔らかい産毛が立ち上がっていて、まるで、



「桃…」

「桃?そろそろ旬だよね、好きなの?」

「あ、いや、…まぁそうだな、」

「おいしいよね。小さいときは食感が少し苦手だったけど」



自分の口から無意識に零れた言葉に動揺していることには気づかないでいてくれたらしい夢はまだは、楽しそうに好きな果物について話している。

果物の瑞々しさを連想したからか、それとも隣を一生懸命歩くクラスメイトの姿になにか反応したからか、ごくりと喉が鳴ってしまう。



夢はまだの目的地の図書館までもうあとすぐ。俺一人だったら5分足らずでつく距離だが、夢はまだと二人だと15分くらいはかかるだろう。
それでも別に面倒とは感じないから、もし夢はまだが今日も本を借りて重たい荷物と帰るのならば、更にもし俺の買い物終わりの時間と重なるようであれば、近くまではまた荷物を持って一緒に歩くのもいいかもな。
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