そろそろ日付ももう変わりそうな夜の中、微かに触れ合う左半身から伝わってくる熱をどうにか意識しないように努めながら、ただ、これは伝えておかねばいけないと思い勇気を出して声をかける。



「黒尾さん、こういうこと、他の女の子にお願いしない方がいいと思いますよ」

「んー?」



小さな部屋の、小さな間接照明がぼんやりと灯りを点す中、黒尾さんの落ち着いた声が真横で響く。
そう。いま、黒尾さんはなんと私の家にいる。
いわゆる”お泊り”っていう状況。

ただ、別に私たちはそういう関係じゃないし、そういう色っぽい感じでもない。
黒尾さんのお仕事の都合で明日私の家の近くの場所に朝早い時間に行かなくてはならなくて、黒尾さんのおうちからじゃ少し遠くて、ビジホを取る程でもなくて、あぁ、そういえば夢はまだちゃんの家近かったな、ちょっと悪いけど泊めてくんない?みたいな感じのやつ。
まぁベッドもセミダブルで2人くらいなら余裕で寝れちゃうし別にいいですよ、って軽い気持ちで招き入れたけれど、いざベッドの横になってみると存外肩が当たって、なんだか、なんとも言えない緊張が走った。そっか、2人で余裕で寝れちゃったのは女が2人だったからなのか、と今更納得する。ちょっとまぁまぁ一般成人男性よりも育っている黒尾さんならば、そうか、いくらセミダブルのベッドでも狭いのか…。
正直私は黒尾さんのことを憎からず思っているけれども、こんなハイスぺに手が届くなんて分不相応なことは考えてないから仲のいい女友達で一生と終えようと思っている。それだけで充分嬉しいくらい、黒尾さんはいい人だ。
だけどきっと黒尾さんのことが欲しくて欲しくてたまらない女性はいると思う。私の周りにも何人か既にいる。だから、諦めが完全についている私だからいいものの、そういう黒尾さんガチ恋勢に同じようなことを頼んでお泊りなんてしようものなら既成事実を作り上げられてもう黒尾さんの意思は関係なく逃げられなくなると思う。黒尾さん案外恋愛玄人に見えてうっかり屋さんなところあるから。


「だから、黒尾さんかっこいいから、”泊めて〜”なんて簡単にお願いすると、喜んでちょっとおかしな言動取っちゃう女の子出てきても責められなくなりますよ」

「あぁ、そゆことね。大丈夫、夢はまだちゃんにしか言わないから」

「……」


毛布、夢はまだちゃんのにおいがする〜〜なんてかわい子ぶって布団にくるまる黒尾さんを見てため息がです。もそもそ隣で動かれるせいで余計に左肩に黒尾さんの右腕が当たってドギマギする。
黒尾さんがベッドから落ちちゃわないように少しでも距離を取ろうと壁ギリギリにもうめり込むんじゃないかって勢いで体を小さくして壁に張り付いているのに黒尾さんはそもそも私のことを異性として気にしていないせいか腕がちょいちょい当たるのにもお構いなしにさらっと恥ずかしいことを言ってくる。
ダメだわ。あきらめていたつもりだけど、やっぱり意識するのを止められない。
とにかく心を無にして寝て、しばらく黒尾さんとは距離置いて生活して、街コンにでも繰り出して他の男の人との接点を作ろう。あわよくば彼氏を作ろう。じゃないといままでやってきたみたいに黒尾さんと平静を装って接することなんてできない。
眠る決意を固めて黒尾さんに背を向けて丸まって、ぎゅっと目をつむる。


「はぁ。もういいですよ、おやすみなさい。せいぜい今後悪い女に引っかからないように気を付けてくださいね」

「もう寝ちゃうの?」

「もう寝ちゃうんです。黒尾さん明日早いんでしょ」

「まぁ、そうなんだけどネ」

「………」

「…ふッ」

「うわっひゃあ!!」

「わぁ、ダイジョウブ?」


ごつん!!と盛大に壁に頭をぶつけて悶える。痛ったー…!
うなじに黒尾さんの生暖かい吐息が襲い掛かって心臓もおでこも痛い。
心のこもっていない謝罪をする黒尾さんに、怒りを込めて頭を抑えながら振り返ると、そこには悪戯が成功したような、ニンマリと満足そうに笑う男の人の顔。


「やーっとこっち向いた」

「い、痛かったんですが!」

「ゴメンゴメン。ちゅ」

「!!?」


頭を抑える私の腕をそっと掬って、おでこに柔らかなキスを落とされる。
唇でたんこぶ押されて痛い。痛いけども、もはや感覚がない。


「おわらないチャンこそ、こんな、ホイホイ男招き入れていいと思ってるワケ?」

「そ、それを黒尾さんが言うか…!」

「言うよ。だって心配だもん」


だもん、って、なんだそれちくしょう可愛い。かわい子ぶらないでほしい。
っていうか急に名前呼ぶし、いままで一回も呼んだことないのに。むしろもう下の名前知られてないとすら思ってた。
いまだに私の腕は黒尾さんの大きな手でまとめられていて、熱が伝わってきてつらい。
好きな人に触れられる、なんて、そんな感覚久しぶりで身体の芯が沸騰するほど熱い。


「泣かないでよ」


くすっと、少しだけ困ったように笑う黒尾さんに言われて、いつの間にか涙を零していたことに気が付く。
なんの涙だろう。
ぶつけたおでこの痛さか、たんこぶの出来たぶさいくな顔を好きな人に見られている恥ずかしさか、黒尾さんを手に入れられない苦しさか。


まっすぐにもう黒尾さんを見ることなんて出来なくて、もう一度強く強くぎゅっと目をつむる。

やわらかい感覚が、今度はおでこじゃなくて唇に降りてきて、さらにきつく目を固くつむる。


「そんな、可愛い顔して男の前で目ぇつむっていいと思ってるの?」


低い、低い黒尾さんの大好きな声が、私の脳を溶かすように耳元で囁いた。


「やめてよね、諦められなくなっちゃうじゃん」


息が、止まる。



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