私は今日もこの男を睨みつける。
「ねぇ、聞いてるの?!」
「聞いてるって。ちゃ〜んと俺が全部聞いてやるから、安心して怒りなさいよ」
「……………………」
私は今日も、悟浄を睨みつける。
理由はいつだって彼の女癖の悪さが原因だ。
悟浄の彼女は私のはずなのに、彼はいつもいつも私が少し目を離すと別の女の人と仲良くなろうとする。
下心さえ隠そうとしない様はもはや賞賛に値するけど、そんな男が自分の彼氏となれば褒めている場合じゃない。
だけど私がいつもどんなに怒っても、悟浄には私の怒りが伝わらない。
理由は、たぶん、私達の身長差にあると思う。
「は〜あ、いい加減 首凝るから座るか」
「っ、そうやって、いつも馬鹿にする」
「してないって。おわらないちゃんは小さくて可愛いよ?」
怒られている態度とは思えないへらへらした口調で軽い言葉を吐く悟浄に、悲しくなった。
いつも、そうだ。
どんなに怒っても、どんなに声を荒げても、どんなに睨みつけても、私みたいなチビじゃひとつも効果が無い。
全然怖くないだろうし、相手にもされない。
だから今だって悟浄は怒られているのに余裕そうだ。
「…悟浄なんて、もう、きらいだもん」
「おいおいそんな悲しい事言うなよ。流石の俺も傷ついちゃ…う……って、おわらない…?」
「……………見んな、ばか」
「ちょ、ちょっと待てよ、なァ、おわらない、」
悔しくて、悲しくて、虚しくて。
じわりと滲んできた涙を見られたくなくて俯いて必死に顔を隠すけど、悟浄は慌てて頑に私と視線を合わせようとしてくる。
こんな顔、見られなくないのに。
悟浄の前で泣いた事は、無い。
だってどうせこの男は女の涙なんかには慣れている。
だから簡単に泣くような安い女と思われたくなくて、いつも涙だけは絶対見せなかったのに。
なのに、どうしても止まらない。
弱い自分が嫌で、とりあえず悟浄から距離を取ろうとするけど、私の手首を掴む悟浄の大きな熱い手が、私を捕えて離さない。
「っ、もう、放して、よ、…ほっといて。誰のところにでも行って、いいよ。もう、悟浄なんて、きらいだから」
「おわらない、おわらない、ほんとに、悪かった。…俺が悪かったから、頼むから泣き止んでくれよ。なァ、頼むって」
悟浄の声がなんだかものすごく弱々しくて、泣いているのは私のはずなのに悟浄の声の方が辛そうだ。
いつも余裕そうに笑っている悟浄のそんな声にびっくりして顔を見れば、これ以上ないほど眉を下げて私を伺っていた。
目が合う悟浄の瞳にはっきりと動揺が見える。
まるで、小さな子供が泣いている母親をおろおろしながら見ているような、そんな不安そうな瞳。
悟浄はもう大きな大人なのに。
図体がでかくて、ついでに態度もでかい男の人なのに。
どうして、そんな目をするの?
どうして、私より辛そうなの?
「俺なんかのためにヤキモチ妬いてくれるおわらないが可愛くて、それでちょっと調子に乗ったんだ。悪かった。だから泣き止んでくれよ。ごめん。な?おわらない…愛してる」
私の涙を止めるように瞼にキスを落とす悟浄はやっぱり優しくて。
いつの間にか、悲しい気持ちが溶けて無くなっていた。
「…次同じ事があったら、八戒に怒ってもらうから」
「………ハイ」
八戒は私の良き理解者だし、八戒が怒ると怖い事も悟浄は知ってるから、少し表情を固くして神妙に頷いた。
そうか、最初からこの手があったんだ。今度からは馬鹿馬鹿しい討論はやめて最初から八戒の所に行こう。
…それにしても。
「……悟浄があんなに慌ててるとこ、はじめて見た」
「…そりゃまァ、惚れた女に泣かれて慌てない奴はいないでしょうよ」
「女の涙が苦手なんて、意外」
「逆に得意なオトコなんていないっての」
「それもそっか…」
「………ほんとにゴメンネ。ちゃんと、おわらないちゃんの事だけが好きだよ」
「とりあえず今日はそういう事にしといてあげる」
「ははっ、サンキューな」
悟浄が腰をかがめてちゅっと私のおでこにひとつキスを落とす。
そんなキスひとつで機嫌がなおっちゃうあたり、私も大概この男に惚れているなぁ、なんて、悔しくなった。
背の高い貴方にとって、私はきっと足下で揺れる小さな花でしかないんだろうけど、そんな私に気づいてくれた貴方の事が、大好きなんだよ。