池袋の街の汚い埃を吹き飛ばしながら、私の目の前に大きなメルセデスが静かに停まる。
中から出て来たのはこの街の王様。
ここに住んでいる若い子で彼を知らない人は数えられるくらいだろう。
実際に見た事が無くても、名前くらいは聞いた事があるはずだ。
「タカシ」
「おわらない。早いな。待ったか?」
「ううん。平気」
今日はマコトのお誕生日プレゼントを一緒に選びに行く約束になっていた。
私から誘ったらあっさり来てくれる事になった。
ちょっとダメもとだったのに。王様はいつも多忙なものだから。
タカシはマコトと長い付き合いだけど、きっと今までお誕生日プレゼントなんてあげた事無いんじゃないかな。
マコト、感動して泣いちゃうかも。…いや、珍しすぎて逆に警戒して手を付けないかもしれない。
いずれにせよきっとタカシの方が私よりマコトのセンスが分かってるから、一緒に来てくれたのは心強い。
「車を使うか?」
「歩かない?たまには街を歩くのも良いものだよ」
「そうか」
私の言葉に短く答えたタカシは傍に控えていた側近に無言で頷いてみせると、メルセデスは池袋の街に消えて行った。
そして、完全に2人きりになる。
久しぶりだなぁ。
タカシと私は恋人同士だけど、お互い人とべたべたするのが好きじゃないから無駄に会ったりしない。
プラス私もタカシもなかなか忙しい生活をしているからこうして2人で会うのはすごく久しぶりだ。
会いたく無かった訳じゃない。だけど、あんまり無駄に会って無意味な時間を浪費するのも気が引ける。
結果、こうして口実を探さないとあんまり会わない関係になった。
ちょっと寂しいけど、まぁ、いいかな。
最近のお互いの出来事をぽつぽつ話しながら、当たりを付けておいたお店に歩くけどさっきからタカシは街の視線を独り占めしてる。
彼氏らしき人と歩いている女の子でさえぽっと頬を赤くしてタカシに視線を盗まれていた。
そんな視線につられて私も隣を歩くタカシをしげしげ見てみる。
バーバリーのダッフルコートをサラリと着て、シックなパンツをブーツにインしている。
首元にあるのは少し色のあるマフラー。それがアクセントになってまたものすごくお洒落だ。
ファッション雑誌の中からそのまま出て来たような隙の無い完璧さ。
相変わらず私のツボを押さえるのが上手い。ダッフルコート可愛いなちくしょう。
私がタカシと並んでもお似合いじゃないのは分かってる。
だけどまぁそんな事でくよくよするほど柔じゃないし、他人には好きに言わせておけばいいや、って思ってる、
そして、そんなあっさりした思考を持つ私の事をタカシは愛している事も、知っている。
「このCDどうかな、って思ってるんだけどもうマコト持ってるかな」
「これは最近販売され始めた物だろ?まだ手が伸びてないんじゃないか。マコトは金が無いからな」
「そっか。平気かな。これでいいかな」
「良いんじゃないか。あいつの趣味に合うだろう」
「じゃあこれにしよう」
選んだのは、オーケストラのCD。私も好きな指揮者が新しいコンサートの音源を発売したからマコトもこれなら喜んでくれるかもしれないと思っていた。
レジに持って行こうとすると、するりとタカシは私の手からCDを抜き取る。
あっ、と思う間も無かった。
早めの歩調でレジに持って行って、手早く会計を済ましてしまう。
「ちょっと、割り勘でしょ?はい」
私の分のお金を渡そうとすればタカシはそれを見ようともせずにお店を出ようとする。
「事実上の割り勘だろう。おわらないが選んで俺が払う。俺たち2人からマコトへのプレゼントだ」
「…へりくつ」
不満そうに言う私を見てタカシがふっと笑う。
もうこうなっちゃったら絶対タカシは受け取ってくれないからしぶしぶお金をしまう。
「おわらない、この後何か予定はあるのか」
「ううん。今日は特には」
「…じゃあ一緒に食事に行かないか」
「あぁ、いいね。行こうか」
タカシと一緒にゆっくりご飯食べるの久しぶりだな。
なんか、いまタカシはさりげない感じを装ってたけど言葉の端に少しだけぎこちなさを感じた。
なんだろう。めずらしい。
緊張…?みたいな。タカシの雰囲気がいつもとちょっと違うかも。
不審に思いながらもタカシが行きたいと言うレストランに向かえば、そこは所謂 高級レストランに分類される所で、しかもタカシは予約をしていた。
えっ、ちょっと、なんだろうこれ。聞いてない。
一応普通に綺麗目な格好してたからよかったけど、もっと普通のお店でご飯食べるんだと思ってた。
しかも予約してたなんて。もし私が午後予定あったらどうするつもりだったんだろう。
びっくりしながらも大人しく席に着けば、やっぱりちょっとタカシが緊張してるのが伝わってくる。
なんだかとってもらしくない。
いつも余裕を崩さないクールな王様なのに。
も、もしかして、別れ話、とか…?
確かに最近全く連絡取れなかったし会えなかったしたまに会えてもいちゃつくの苦手だし…。
愛想、尽かされた?他にいい子見つけた?
そこそこ長い付き合いだし、タカシの知り合いにも沢山会って仲良いし、だから別れを切り出すのが気まずくて緊張してるのかな。
考え始めるとどんどん思考が悪い方向へ向かって行って、美味しいはずの料理に味がしない。
私はきちんとタカシの事が好きだ。
これ以上無い程良い男だと、思う。
見た目とかじゃなくて、守るべきための物ならどこまでも自分の心を犠牲にして冷酷な事をできてしまう強さが好き。
他人は彼の事を冷たいと言うけれど、私はそれを究極の優しさで、愛だと思ってる。
敵に残虐な事をしても自分は傷ついてないと思ってるけど、実はとってもダメージを受けているからそれを少しでも私が傍にいる事で和らげられればな、と思ってた。
だけど会う事も出来ないで支えるなんて、無理だよね。私じゃタカシの支えにはなれなかったんだな。ちょっとだけ、悔しいや。
「…おわらない、少し話があるんだ」
「………うん。なに、タカシ」
口数少なく料理を食べ進めて行って、デザートと食後のワインが運ばれて来た所でタカシが話し出した。
ついに、別れ話か。
ああ、タカシといるのは楽しかったな。
こんなに愛しいと思える人をまた見つける事なんてできるのかな。
悲しくて、力不足だった自分が悔しくて気を抜くと涙が落ちそうだったけどそんなかっこ悪い事は出来ないから静かにタカシを見つめ返す。
相も変わらず綺麗な顔。心地よい声。
数えきれないほどの人を殴り倒したその手がとてつもなく優しく私の髪を撫ぜるのを知っている。
普段 冷徹な命令を伝える低い声がたまに甘すぎる愛を囁くのを知っている。
もう、知っちゃってるんだ。知らなかった頃には、戻れない。
「俺の部屋は、少し大きすぎると思わないか」
「……?…たしかに、すこし大きいかもね。……それがどうかしたの?」
タカシならきっとすっぱり「別れよう」とか言って来ると思ってたから覚悟してたのに、急に部屋の話になってきょとんとする。
引っ越しの相談…?まさか。
タカシの部屋は何度も行った事があるし、確かにまぁ広い部屋だなぁとは思ってたけど流石王様、くらいにしか認識してなかった。
なんだか予想していた話の方向性とずれて来て、とりあえずデザートのケーキでも食べよう、とフォークを刺したところでタカシから今度こそ全く予想していなかった言葉が出て来て、食べる手を止めてしまった。
「おわらない、俺と一緒に住まないか」
「えっ……」
ぽろりとケーキがお皿に落ちる。
思わずタカシを見返せば、真っ直ぐ私を見ながらも若干の緊張が見て取れる。
もしかしてタカシは、これを言うのに緊張して今日ずっとどこか緊張気味だったのかな。
私がなんて答えるか不安で、ぎこちなかったのかな。
お互い忙しい生活だけど、少しでも一緒にいられる時間を長くする方法を考えてくれたのかな。
孤高の王様が、私をプライベートゾーンに入れてまで一緒にいたいと思ってくれたのかな。
そう思うと今までの自分の杞憂が馬鹿馬鹿しくて一気に身体から力が抜けた。
とにかく、とりあえずこの珍しく自分に自信の無いキングを安心させてあげよう。
そして今日はくだらないプライドも何もかも捨ててちゃんと愛を伝えよう。
マコトへの誕生日プレゼントを手に入れる日だったはずなのに、どうやら私が大きなプレゼントを貰う日になっちゃいそうだ。
私はタカシと、生きて行く。