静かな夜を遮って、携帯の着信音が鳴った。
ディスプレイされた名前を見て少し頬を緩めたのもつかの間、鼓膜に飛び込んで来た弱々しい千切れそうな声を聴いて一気に心臓と脳が冷えた。
「涼介…たすけてっ」
動揺しているおわらないをとにかく落ち着かせて、大雑把な概要を聞き出してから電話を切ってすぐにFCの鍵を握って外に飛び出す。
おわらないが、車の運転中に事故を起こしたらしい。
バイト先から家へ帰ろうと運転していたら夜道に突然何か動物が飛び出して来て、驚いた拍子にステアリングコントロールを失くしガードレールに突っ込んだようだ。
幸いにも単独事故な上に怪我も無いらしいが、はじめての事故で車も動かなくなってしまってパニック状態に陥ってしまっている。
事故現場は俺の家からそう遠くは無いからすぐに向かうと伝えて、車の中からロックをして絶対に俺が着くまで外に出ないよう言い聞かせた。
こんな焦った気持ちで運転するのは初めてだ。
自分の身体が酷く強張っているのに気づいて無理矢理肩の力を抜く。
これじゃあ俺まで事故を起こしかねない。
おわらないのあんなに弱い声を聴いたのは初めてだ。
強い女でいつもタフに笑っているのに、あんなに取り乱してよっぽど怖かったんだろう。
不謹慎だが、そんなおわらないが頼って電話したのが俺で嬉しいと思っている自分もいる。
しばらく走れば道の端に停まっているおわらないの車が見えた。暗い街灯の明かりでも、タイヤのスリップした痕が見て取れた。
ハザードを出しておわらないの車の後ろに停車し、FCから降りて運転席の窓を指で軽く叩けばすぐにおわらないが出て来て、勢いもそのままに俺に抱きついて来た。
「涼介…!」
「おわらない。大丈夫だ。俺が付いてるから、安心しろ」
「っありがと……こわかったの…」
いつになく素直に弱さを吐き出すおわらないの肩をしっかり抱きしめて落ち着かせてやる。
タイヤが滑ってコントロールを失う感覚。障害物に衝突して車のフレームが潰れる音。
どちらも何度体験しようが慣れるような物ではない。
毎回毎回静かに身体全体が冷えて行って心臓に不快な感覚を残す。
おわらないにとって事故を起こすのは初めてだったから、そのショックも大きいのだろう。
ある程度おわらないが落ち着いたのを確認してから車を見たが、いまこの場で動かすのは不可能なまでにダメージを受けているから知り合いのレッカーを呼んでおわらないをFCに乗せる。
「…ごめんね涼介。本当にありがとう」
大分血色の戻った顔で、おわらないが申し訳なさそうに俺に言って来るから、緩く笑って見せる。
「事故は誰にとっても怖いものだ。おわらないが俺に電話してくれて良かったよ。俺の知らない所でおわらないが辛い思いをしているのが、一番辛い」
正直な気持ちを簡潔に伝えればおわらないは少し顔を赤くして俯いてしまう。
そんなおわらないが尚更可愛らしくて気づかれないように笑いながらおわらないの家に向けてFCを走らせる。
きっと事故の夜は上手に眠るのは難しいだろうから、それを口実にして俺もおわらないの部屋に泊まって行こう。一晩中傍にいて安心させて、俺をおわらないの中に摺り込もう。
俺がそんな邪な事を目論んでいるとも知らずに、おわらないは信頼しきった様子でシートに身を沈めている。
そうやって、気を許しきっていればいい。
俺の前では安心していていい。
そうすれば俺が全ての世界から守り抜いてやれる。
俺だけのものになってしまえば、いい。