私はただ、泣いていた。
それはもう無様に咽び泣いていた。


涼介が北条先輩、と呼ぶ男とのバトルを翌日に控えた前夜、私の所に来て全て話して行った。

北条凛の事、香織さんの事、涼介自身の事。
当時 涼介はどんな気持ちで、香織さんがどうなって、それによって変わってしまった北条さんの事を全て包み隠さず、全部。

今現在北条さんがどれほど危険な状態にあって、危ないバトルになるであろう事まで涼介は私に説明した。


私は泣いた。
なにが悲しくて泣いているのか分からない程、泣いた。
北条さんの事が悲しくて、香織さんの事が悲しくて、涼介の事が悲しくて、カーボンボンネットとウィングを付けて大きく変わってしまったFCが悲しくて。
最悪な未来を考えるのが、悲しくて。
もはや悲しくて泣いているのかどうかさえ曖昧になるまで泣いた。



呼吸するのが困難になるほど泣いている私を涼介はずっと黙って抱きしめていて、涼介のシャツが私の涙によってじんわり濡れたけど、そんな事気にならないのか静かに私の背中を撫ぜながら涼介はポツリと言葉を落とす。



「おわらない。俺は絶対に帰って来るから」

「っ、死んだら、私が、殺すからね」



しゃっくりが混ざりながらも涼介をキツく睨んでそう言えば、そりゃ怖いな、なんて軽く笑ってみせた。


涼介は最後まで「ごめん」とは言わなかった。
香織さんの事も北条さんの事も美しかったFCにカーボンボンネットを付けた事も危険なバトルに行く身勝手さも、全部の事に対して私に謝る事はしなかった。
私の涙を止める為にちゃちな謝罪は使わなかった。

そういう男で良かった、と心から思う。
もし一言でも私に謝るような言葉を言ったらその瞬間別れようと思ってたから。


だけど、大丈夫。
安い謝罪なんかで誤摩化さなかった涼介だから、私は受け入れる。
信じて、待つ事にした。






そして私は今、待っている。
涼介が無事に帰って来るのを震えながら、待っている。


携帯電話の電源は切った。
最悪な事態を誰かから電話で知らされるのが怖くて切ってしまった。

私はただひたすら待っている。
もしも無事なら、きっと涼介は一番に私を安心させに来てくれるはずだから。


夜の静寂に耐えながら、部屋の隅で縮こまってただただ耳を澄ましていれば、一瞬よく聞き慣れたエンジン音が鼓膜を震わせる。


はっとして、もしかしたら空耳かも、と思いつつもすぐに外に飛び出れば、やっぱり空耳なんかじゃない。
だんだん近づいて来る車の、音。
涼介の、FCだ。



ヘッドライトに自分が照らされるのが分かる。
涼介はきっと私の事を見ている。
だけどそれが分かっていても、涙を止める事は出来なかった。


だって、こんなにも、




「FC、ぼろぼろじゃんっ…!」

「ははっ。おわらないは車を傷つけるのが何より嫌いだもんな」


あんなに美しかった白いFCがこんなにも痛んでる。へこみもあるし擦り傷なんで数え切れない。
それを見ただけでもどんなに危険なバトルだったのか想像できて心臓がきゅっと縮む。

サイドブレーキを引いてFCから降りた涼介に正面からおもいきり抱きつく。
ああ、涼介だ。ちゃんと帰って来てくれた。私の、涼介。


過去にFDをぶつけた啓介にぶち切れていた私の様子を思い出したのか、涼介は笑うけど、まったく。笑い事じゃない。


本当は私がFCの事で泣いてる訳じゃない事を涼介は絶対に分かってる。
だけど、あえてこうして笑ってくれるんだ。




「……ごめんな、おわらない」

「……………なにに対しての謝罪なのか、聞こうか」




急に涼介が謝って来たから、彼の胸に押し付けていた顔を上げる。

もしここで、香織さんや北条さんの事とか、バトルの事を謝って来たらやっぱり私は別れるつもりだった。

やめて涼介、謝らないで。私はまだ貴方の事を好きでいたい。嫌いにさせないで。


けれどそんな私の不安を吹き飛ばすように涼介は軽やかに笑った。



「こんなに愛しちゃって、ごめんな」

「どういう、事…?」

「おわらない、おまえは俺に愛されすぎた。もう逃げようとしたって逃がしてやれない。だから、ごめん」

「馬鹿じゃないの…馬鹿涼介…」

「もしお前が死んでも、俺はお前を解放してやれないかもしれないから。ごめんな」

「そっくりそのまま、その台詞を返すよ」




睨みながら噛み付くようにそう言えば、涼介は私の腰と頭をがっちり支えて、自分の身体に押し付けた。
そしてゆっくり何度か深呼吸をすると、少しずつ涼介の身体から力が抜けて行くのが分かった。

こうして涼介が心の底から安心できるのが、私のいる場所であればいい。
だって私にとっての涼介は、そういう人なんだから。




願うように、叶うように、私は繰り返す。
私の未来に貴方がいて、貴方の未来が幸せでありますように。

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