寒空の下FDのパーツチェックをしていると史浩さんが信じられない事を伝えて来て、持っていたレンチを落としてしまった。


「えっ、…は?」

「いやだから、涼介からの伝言で俺もいま伝えられたんだ。バンで送るから乗ってくれ」

「いやいやいやいや、…は??」



落ち着こうと、レンチを拾ってもう一度史浩さんを見るけどやはり何も分からない。分からないというか、受け入れられない。


ぐるぐる頭の中で整理しようとしているうちに今度はふつふつと涼介への怒りが沸いて来て、史浩さんの制止の声も聞かないまま拓海くんと話している涼介に詰め寄った。



「ちょっと涼介どういう事?!」

「なんだおわらない、まだいたのか。はやく宿に向かえ。史浩が送って行くから」

「だから、それがどういう事って聞いてるの!みんなは?なんで私だけ?」

「俺たちはいつも通りここで適当に寝る」

「私も一緒にここにいるよ!なに、なんの嫌がらせなわけ」




喧嘩腰の私を、隣で拓海くんがおろおろしながら見ているけど許して欲しい。
だって、急に史浩さんから「峠の下の宿を押さえてあるからおわらないちゃんはそこで夜を明かしてくれ」なんて伝えられたら驚くに決まってる。
全て涼介の差し金らしいけど、意味が分からない。
私はメカニックとしてプロジェクトDに参加しているれっきとしたメンバーで、今まで何回も遠征に来ていたしその度に車とかで適当に寝ていたから峠で夜を越すのは馴れっこだ。
なのに突然私だけ宿に泊まれ、なんて絶対おかしい。
なんだよ、私だけ仲間はずれかよ。私だってプロジェクトの一員として頑張っているし、誇りを持って仕事している。これから朝方にかけてまだ細かい整備だってあるのに私だけつま弾きにするなんて酷すぎる。



不機嫌さを隠さずに涼介に詰め寄る、なんて事出来る人はこのチームには私しかいない。
涼介の弟である啓介くんだって絶対にこんな事しない。

だけど私は一応涼介の彼女、だ。
だからこそ許せない。
私は涼介の彼女だからここにいるんじゃない。メカニックだから、いるんだ。
あんたが公私混合してどうするのよ。


下から睨み続ける私をしばらく無言で見ていた涼介は、ひとつ溜め息を付くと拓海くんに短く言葉を伝えて下がるように言う。


拓海くんはちらりと不安そうに私を見たけど、すぐに86に向かって行った。



「………まったく、本当におわらないは俺の言う事を聞いてはくれないな。強情な奴だ」

「そんな奴と好き好んで付き合ってるのは誰よ」

「ふっ…俺だな」

「ちきんと説明してくれるんでしょうね」

「…わかった。こっちで話そう」




涼介が話す場所に選んだのはバンの後部座席で、ちょっと警戒する。
まさか、このまま麓に連れて行かれるなんて事ない、よね…。



「乗れよ」

「う、うん」



運転席には誰も乗っていなかったし、涼介も後部座席の隣に座って来たからこのまま車を動かされる心配は消えた。
まぁ、そうだよね。涼介はそういう卑怯な事はしないもんね。


薄暗い車の中、涼介は静かに私を見つめると口を開いた。



「おわらない。今回俺がおまえに宿を取ったのは、この辺りが今までの遠征場所と比べて治安が悪いのと、もう冬で寒くなって来たのが理由だ」

「…は?そんな事で?」



涼介はいつもきっぱりと要点を話してくれる。
人はそんな涼介の話し方をドライと言うけれど、私は誠実で好きだ。

そんな涼介が伝えて来た“理由”があまりにもあほくさくて呆れる。

治安が悪いって言ったって、周りにはプロジェクトDのメンバーがうろうろしてるし、寒いのなんてどうって事無い。
そんな理由で私に宿を取ったなんて、心配性すぎるでしょう。




「…おまえは心配しすぎだと思うかもしれないが、おわらないがこっそり明け方まで1人で作業しているのを俺が知らないとでも思っていたのか?」

「!!」



うおお。まさかバレてたなんて。
少しだけ気になった所をみんなが寝ている時にちょこちょこいじってただけなんだけど、涼介気づいてたのか…。まったく、人の事をよく見てるな。



「もし俺たち全員が寝ていて気づかない時におわらないが同じような事をして、その時良くない考えを持つ連中が通りかかったら、どうするんだ」

「それは、」

「おまえが傷つくような事があったら、俺は自分を許せない」

「りょう、すけ…」



あまりにもこの人から向けられる愛が深すぎて、息の仕方を忘れそうになる。

それに、と続ける涼介の言葉を黙って聞く。



「…それに、女性は身体を冷やしちゃいけないんだ。将来、元気な子供を産んでもらわないといけないからな」

「っ、!!」




緩く笑って優しく私のお腹周りを撫でた涼介にもう言葉が出ない。
なんだこの男、恥ずかしくないのか。私はめちゃくちゃ恥ずかしい。


冗談なのかもしれない。けど涼介は冗談でも何でも一度言った事はやり通す人だ。


恥ずかしくて、自分がどれほど大切に思われているのか分かって涙が滲む。
必死に涼介を見れば、慈しむような目で私を見ていた。




「けど、ここまで言っても納得出来ないようなら、仕方ないな」

「え、?」



カコン、カコンとレバーを引いて後部座席を倒した涼介。
このバンの後部座席はくっ付いているから両方倒すと完全にフラットになる。


「ぅわ!」



涼介はそのまま流れるような動作で私を抱え込むとバタンと横になった。

目の前には涼介のシャツが広がっていて、上から心地よい低い声が降って来る。



「今日は、このまま寝るか」

「えっちょっと、えっ!」

「これならおわらないは1人で抜け出せないし寒くもないだろ」

「そ、そうかもしれないけど、あの、」



わたわた慌てる私とは対照的に落ち着き払った涼介は携帯で史浩さんに電話して、宿にキャンセルの連絡を入れる指示と、そろそろ皆作業を切り上げて休むように言うと今度こそ本格的に寝る体勢に入る。



涼介のしっかりした腕で抱きしめられてて抜け出すのは難しそうだし、何よりもドキドキするけどやっぱり心地いい。



「……………おやすみ」

「おやすみ、おわらない」



ちゅ、っとおでこにひとつキスを落とされて目を閉じる。

怒ってた気持ちなんてどっかに溶けてなくなった、

いい夢が、見れるかな。
朝ごはんはコンビニのおにぎりでもいいから、一緒に食べようね。

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