濃い夜の色に染まり切った時間、大きな机の上に膨大な資料が広がっている。


高橋家の、1人部屋にしては大きすぎる涼介の部屋のこれまた大きすぎる机の上に散らばっているのは明日が提出期限のレポートの資料。


あぁもうなんでこんな面倒な授業取っちゃったんだろうほんと後悔してる。


斜め向かいに座る涼介も、私と同じように資料を見つめながらノートパソコンに黙々とレポートを作成している。


私が一人暮らしをしてる部屋は狭いし、ネットの接続が悪い。
それに比べてこのお坊ちゃんは広すぎる部屋を持ってるし、ネットの接続も速いし、それにこの部屋には資料も揃っている。
ここなら思う存分資料を広げてデータを見比べて、調べ物をしながらレポート作成が出来る。私の部屋でやるより効率が良い。
それに、



「…ん?どうした。何か分からない事でもあったか」

「あ、うん。このさ、薬物反応の違いの所なんだけど」




この高橋涼介という男は恐ろしいほど頭が良くて、私が分からない所があるとすぐに教えてくれる。これ以上役に立つ資料も他に無い。
…なんて、ちょっと失礼な言い方になるけど、本当に彼には心の底から感謝してる。

たまたま同じ授業を取っていたのがきっかけで話し出して、気づいたら仲良くなってた。

顔が良い奴は苦手だから最初は警戒もしてたけど割とシュールなジョークも言う気さく奴だと分かってからは打ち解けた。

物腰が柔らかい上に顔が良くて、更に大病院の跡取り息子とくればもう女の子達なんかは放って置かないのに、なぜか私みたいなのを傍に置く事を選んでいる変人。


別に付き合ってるとかじゃないけど、なんとなく一緒にご飯食べるしなんとなく授業隣に座るし、こうしてレポートの提出期限が迫ると一緒にやろう、と家に誘ってくれたりする。
涼介は1人でやったほうが絶対に速く終わるはずなのに、なぜか私が来る事を許してくれる。

この前、私が課題提出前に涼介の家にいる事をどこからか知った女の子が「私も高橋くんと一緒にやりたいな〜」と可愛らしくアピールしてたけど、それに対して涼介は緩く笑うだけで上手くかわしていた。
あの子は確か私なんかよりも優秀な子で、きっと彼女がここにいた方が涼介にとってプラスなはずなのに。
むしろ私はこうして涼介が助けてくれてなかったらこの授業の単位は諦めてもう授業にも行っていなかっただろう。




「あとどのくらいだ?」

「ん〜…半分、来た…かな………。涼介は?」

「俺もそんなもんだ」

「そっかー涼介でもそんなか…。もうこれ終わるのかな。今度こそ無理な気がして来た。単位来ない。駄目だこれ」

「諦めるなって。まだ時間はある。俺も手伝うから」

「うんー…」




パソコンの画面を見ているのが辛くなって、机に額を付けて項垂れれば涼介が立ち上がる気配がする。




「何か飲もうか。紅茶で良かったよな」

「あ、私が淹れて来るよ」

「いいから、おわらないはちょっと休んでろ」



パタン、と扉が閉まって涼介の部屋に1人になる。
もうお家の人はみんな寝ちゃっただろうな。
何度となく涼介の家にはお邪魔してるから、家族の皆さんと面識はある。
啓介くんは今日も車でどっか行ってるのかな。



静かな部屋で、ぼーっとする。
さっきまで頭の中が薬品の名前と数字の羅列で覆い尽くされてたから思考回路が鈍ってる。


ちらりと視線を上げれば、そこにあるのは涼介のパソコン。

半分って言ってたけど、何ページ書いたんだろう。
資料のレイアウトはどんなかな。

なんとなく気になって、涼介のパソコンを引き寄せて画面を見てみる。
お互いのレポートを見せ合うのは日常茶飯事だから勝手に見ても怒られないもんね。



長い長いレポートをスクロールダウンして下まで見てみれば、それはもう完成されていてびっくりする。



「えっ………」



え、さっきは半分しか終わってないって言ってたのに、なにこれ、え、もう終わってるじゃん。
しかもいつもの事ながらめちゃくちゃ完成度が高い。
資料の纏め方もシンプルで分かりやすいし引用も適切だ。


涼介が階段を上がって来る足音がして慌ててパソコンを元に戻す。




「もらい物のケーキがあったんだが、おわらない食べてくれないか?うちはこういう物は誰も好きじゃないから余って困るんだ」

「こっ、こんな時間に食べたら太る…」

「その分頭使ってるから平気だよ」



動揺して吃ってしまった私の前に美味しそうなケーキと私の大好きなアッサムティーを置くと涼介も座ってコーヒーを飲み始める。


たしか初めてこの家に来た時にはアッサムの茶葉は置いてなかったはずなのに、何かの拍子に私が好きなんだよね、と話したら次来た時には用意してあった。

濃やかな男だ。

きっとこのケーキだってもらい物なんかじゃない。
この家の人はみんな甘いものを好まないから、誰もケーキなんて贈らないはずだ。

レポートだって、私と涼介の仕上げる速度が同じな訳が無い。こいつは学部一の天才だもん。



紅茶の事と言い、ケーキの事と言い、レポートの事と言い。

敵わない。

この男に対する言葉はこれに尽きる。


敵わないのは分かっていても、やっぱり無性に悔しくてばくばくケーキを食べていれば、涼介がくすりと笑う。



「そんなに急がなくてもいい。おわらないが終わるまで、とことん俺は付き合うから」

「っ…それはどうも!」



悔しい。悔しくて、たまらない。

この男の思い通りになりそうで、気に食わない。
赤くなる顔も、速くなる鼓動も煩わしい。



そんな優しくしたって、私は簡単にはあんたに落ちてあげないんだからね!
その辺の女と一緒にしないでよね!


心の中で啖呵を切ってみても、目の前の涼介は未だに優しく私を見ているだけだった。


ああ、その瞳に溺れてみたくなっちゃうじゃんか!!!やめてよね、もう!!!




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