大学に入ってからしばらくして、久しぶりにいつものメンバーで集まることになった。
場所は学生のお財布にも優しい居酒屋で、料理もおいしい。
新しい生活に馴染むのに忙しくて気付かなかったけど会ってなかった期間は長くなっていて、春ちゃんはさらに可愛くなってるし要はようやく少しだけ余裕、みたいなものを身に付けてて昔より頼りになる雰囲気だ。千鶴は相変わらず騒がしいけど背が伸びててかっこよくなっている。
あの双子はちょっと遅れるらしくて、とりあえず四人で始めたプチ同窓会。
楽しくて、ただ楽しくて。話題が尽きることなんてなくてずっとしゃべり続けて少しだけ酔いも回ってきた頃、お店のドアが開いた。
そっくりな顔の二人がお店に入ってきて、みんなが視線を向けたのがわかった。だけどそれは双子なのが理由だけじゃない。ふたりがかっこいいから、だ。
びっくり、した。
少し大人びて肩幅も大きくなった悠太は私の昔の恋心を目覚めさせるほど、かっこよくて。
う、うわぁ、かっこよくなってるんだろうなぁとは思ったけど、ここまでとは。千鶴が二人に「おっせーよ!」って絡んでてうるさいけど、それ以上に私の心臓がうるさい。
「ごめんごめん」なんて無表情で言いながら空いていた私の隣に座ってくる悠太に私の脈は早まるばっかりだ。なんとか自然に「ひさしぶりー」とか言ってみるけどうまく笑えてるかわからない。
絶対大学でもモテてるんだろうなぁ、悠太。こんなにかっこいい人、女の子がほっとくわけない。
「おわらない、なに飲んでんの」
「あ、えっとね、カシスウーロン」
「…おいしいの?」
適当に料理を注文しはじめた祐希につられるように悠太もメニューを見て、ドリンクメニューのところを開きながら私のグラスを見てきた。
カシスウーロンはたしかにちょっと他のカシス系とは違うし嫌いな人も多いみたいだけど私は好きだ。悠太が微妙な目で見てきたからグラスを差し出す。
「おいしいよ。飲んでみる?」
「うん……」
「(うわ、間接キス…)」
軽い気持ちで聞くと悠太もあっさり手を出してきたから意識してなかったけど少し上下した悠太の喉仏を見て自分がなんて大胆なことを言ったのか思い知って恥ずかしくなる。…っていうか悠太も全然抵抗なかったみたいだし、絶対サークルの飲み会とかでも女の子から勧められるままに飲んでそう…。
「…あ、俺これすきかも」
「よかったね」
気に入ったのか、悠太はグラスを私に返して店員さんにカシスウーロンを注文する。
かわいい女の店員さんは頬を少し赤くして注文を確認している。
…わかってるけどこうやって近くでリアルに悠太のモテっぷりを見せられるとさすがにへこむ。
悠太は香水とかつけないのになんかいい匂いするし、シャツからのぞく鎖骨は色っぽいし、暑いのかまくってある袖からは男らしい腕が伸びている。
もちろん高校の時から体格は私と差があったけど、さらに成長して男らしくなってるな。
みんなでワイワイ喋りながらもずっと隣の悠太が気になってしかたない。そしてぽつぽつ喋る悠太の話に私が知らないところでたくさんの私の知らない人に会って、私の知らないことをしてるんだな、と分かって辛くなった。
こんなの、わかりきっていたことなのに。告白しても、どうせ大学は離れちゃうから。なら友達のままいよう。そう決めたのは高校の卒業式の日だった。
だけど私の知らない間に変わろうとしている悠太を見て怖くなった。もう、手が届かない。こんなんなら気持ちだけでも伝えておけばよかったかも、なんて。そんな勇気、ないくせに。
祐希は相変わらず無表情で要をからかってるけど、楽しんでいるのが雰囲気からわかる。千鶴は最初から最後までハイテンションで、要はそんな二人に呆れた顔をしながらも口元はゆるんでる。春ちゃんはにこにこ笑顔でみんなをつつんで、悠太は要のフォローなだめながらたまにさらっと毒をはく。楽しくて、こういう時間が懐かしくて、高校の頃に戻れたみたいだけど、それでもやっぱりみんなはもう高校生のみんなじゃなくて、それが少しだけ寂しくて泣きそうになったのは意地でも隠した。
このメンバーで集まって話題が尽きることなんてきっと一生ないんだと思う。ずっと笑いっぱなしでお腹が痛くなってきたころ、場所を変えて二次会に行こうと千鶴が言い出した。
「あ、ごめん、私明日バイトあるから帰らなきゃ…」
「えー!なんだよおわらないー!もっと俺たちと昔を思い出して語ろうぜー!」
「千鶴と語れる歴史は高2からだけどね」
「まったゆっきーは意地悪言うし!」
「あー、でもたしかにもう遅いな」
「そうですね。おわらないちゃんは女の子だから遅くなると危ないですしね」
「私としては春ちゃんのほうが心配だけどね。ありがとう」
「あ、じゃあ俺が送ってくよ」
「!」
お財布から自分の分のお金を出しながら話していると悠太が思いもよらない事を言い出してびっくりする。私の驚きなんて知らない要なんかは「あぁ、そうしてやれ」とか勝手なこと言ってるし、悠太はもうお金を机の上に置いて席を立ってお店を出る気まんまんだ。
「え、大丈夫だよ一人で帰るって」
「もう時間も時間だし危ないでしょ」
「そんなことないよ」
「いいから。行こう」
どこまでもマイペースな悠太は、なにを考えてるのかわからない。こんな、いきなりの女の子扱いにどんな顔をしていいのか分からない。だって高校生だった時はどんなに長く遊んだってこんな時間にはならなかったから心配して送ってもらったことなんてない。
私があたふたしてる間に悠太は先に出口まで歩いて行っちゃうから慌ててみんなにお別れを言って後を追う。
いきなりふたりきりなんて、なに話していいのかわからない。
出口まで行くと、悠太はドアを押さえていてくれてお礼を言う。ほら、こういうさりげない優しさにきゅんとして、また話せなくなっちゃう。
「ほ、ほんとに一人で平気だよ?」
「もういいから。行こう」
「…ありがとう」
「どーいたしまして」
最後にもう一回遠慮してみるけど悠太はやっぱり送ってくれるみたいで、お礼を言うとマイペースに返された。
さっきまで座っていたから気付かなかったけど、こうして隣に立って歩いてみて悠太の背が伸びているのに気づく。昔も悠太のほうが大きかったけど、差はさらに広がってたみたいだ。
なんだかふたりの距離も広がったみたいで切なくなって俯くと、悠太が口を開く。
「…あの、さ。なんか…大丈夫?」
「…なにが?」
「いや、俺の勘違いかもしれないけどちょっと元気なかったみたいだから」
悠太は昔から鋭い。祐希も相当鋭いけど、こういう人の微妙な心境を見抜くのは悠太の方が上だ。だけどいまの私にとっては厄介でしかない。
まさか素直に言うこともできなくて、軽い声をだす。
「千鶴とかとくらべないでよ!あれは元気すぎるんだって」
「まぁそれもそうだけど…」
「私は普通にみんなと久しぶりに会えて楽しかったよ。また集まりたいね」
「そうだね………あ、」
「ん?」
悠太はまだ納得してない顔だけどとりあえずこの話題が終わってほっとする。だけどすぐに悠太が声をもらして止まったから私もつられて足を停める。
どうしたのかと思って悠太の視線の先をたどると、昔たまに寄り道した小さな公園があった。懐かしい。
「…ちょっとよってかない?」
「……いいよ」
自分でもなんで悠太の誘いに素直に頷いたのかわからなかった。たぶんどんなに緊張してもやっぱりもう少しだけ悠太と一緒にいたかったんだと、思う。
「…はい」
「ありがとう」
誰もいない公園のベンチに座っていると、悠太が自販機で買った私の好きな紅茶を渡してくれた。…私が好きなやつ覚えててくれたのかな。うれしい…。
悠太もベンチに座ってお茶を飲んでる。
しばらく静かな時間が続いたけど、居心地はすごくいい。
さっきまであんなに緊張してたのに不思議だ。
「…悠太かっこよくなったね。モテるでしょ。……祐希も」
逃げるように最後に祐希の名前を付け足したけど、心の中ではずっとずっと聞きたくてしかたがなかった事を聞けた自分自身に拍手を送りたい。
もう今夜を逃したらまたしばらく会えないかもしれない。それまでまたこんなもやもやした気持ちを引きずっているのは嫌だった。
悠太はそんな私の突飛な質問に対して疑問をもたなかったのかさらりと無表情のまま答えてくれる。酔っぱらいの絡みだと思われたのかもしれないけど、それでも別にいい。
「んー、別にそんなにモテないよ」
「でも告白とかされるでしょ?」
「…まぁたまにされるけど、これと言ってモテるわけでも…」
…やっぱり告白されるんじゃん!それってモテるってことなのに!全国の告白なんてされたことない男から恨まれそうな台詞だな…。
「悠太は昔からモテたもんね。…かっこよくなったと、思うし」
勇気をふりしぼって本音を言うと、悠太は真剣な顔でこっちに向き直ってきた。
「……おわらないは?」
「え?」
「おわらないは、彼氏とか、…いないの」
「い、ないよ」
まさか私の話になるとは思ってなくて驚く。だって、悠太は人の色恋沙汰に面白半分で首を突っ込む人じゃない。
「…おわらない、なんか化粧とかしてるし…髪型とか変わったし…」
「そ、そんなこと、ないよ…祐希、お化粧の匂いだめだからファンデ使ってないし軽目にしたんだけどな。あはは、へんだったかな」
「………綺麗になってて、驚いた」
「、!」
どきどきしながら紅茶をまた一口飲むと、悠太が爆弾を落としていって顔が一気に赤くなる。悠太、こんなことふざけて言う人だったっけ。おかしい。心臓がどきどき、痛いくらい。
「ゆ、悠太、酔ってるんじゃない?お茶、もっと飲む?」
「あんなんじゃ酔わないよ。……おわらない、……………好きだよ」
「!!ちょ、ちょっと、悠太ほんとうにどうしたの」
「…高校の時からずっと、言おうか迷ってた。…でも、今日は正直、あせった」
「なにが、…」
「おわらない綺麗になってたし、なのに無防備だし、他の男に取られてたらどうしようかと思った」
「そんなこと、あるわけないじゃん…」
嬉しくて、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。
あれ、なんだか今日は涙腺がゆるいみたいだ。
夢みたいで、現実に醒めちゃうのが怖くて手のひらでぎゅっと紅茶の缶を掴むけど、それはたしかにひんやりしてて、これが本当だと教えてくれる。
「…おわらない、」
控えめに、だけど確かに悠太の手が私の指先に触れて、そこがジリッと電流が走ったみたいに熱くなる。
それは、私の恋が燃え出した瞬間だった。