美しい、人だった。


一度も染めた事がないんだろう。
艶のある漆黒の長い髪を風に揺らして優しく微笑む様はまるで良く出来た一枚の絵のようで、見る度に息を呑んだのを覚えている。


車の事しか考えていなかったし、女なんて作る時間も手間もめんどうだと思っていた俺が、彼女の事になるとレースもなにもかも投げ出して夢中になってしまった。



「啓介くん」



女神がいるんだとしたら、きっとこんな風なんだろうな、と何度も考えた。

俺のくだらない話によく笑い、俺が無茶すればよく怒り、綺麗な涙を俺の為に見せてくれたこともあった。




だけど彼女は、俺のじゃない。



「おわらない」



兄貴はいとも容易く彼女、おわらないさんを呼んで、抱きしめる。
俺には一生かかっても出来やしない、事。



「涼介」



兄貴を呼ぶおわらないさんの声には、他の誰を呼ぶ時にも無い熱が込もっている。
兄貴を見るおわらないさんの瞳には、他の誰を見る時にも無い艶が込もっている。


悔しいと思った事はある。けど、奪いたいと思った事は無い。
おわらないさんは兄貴の彼女で、俺は兄貴の事を心から尊敬している。

きっとこの先俺がどれだけ長生きしようと、おわらないさんほど心掴まれる人には出会わないだろう。

だけど、このままでいいんだ。
俺の大好きな2人が、俺の見える所で幸せに笑っているなら、それで良い。



来月、2人は結婚する。
おわらないさんが俺の姉貴になる。他人じゃ、無くなる。
それだけで、もう俺は泣いちまうほど嬉しいんだよ。
頬が濡れるのを、感じた。

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