「ちょっと付き合って」


久しぶりに顔を見せに来たおわらないは愛車のMR2の窓を下げると俺に一言告げて窓を閉めた。


なにか、むしゃくしゃしているんだな。


いい加減長い付き合いだから分かる。
こういう時はなにも追及せずに黙って付いて行ってやるのが一番だ。



FCのエンジンをかけて走り出したMR2を追う。


燃えるように赤いおわらないのMR2が夜の空気を切り裂くように駆けて行く。


相変わらず格好いい女で感嘆する。


おわらないのポリシーに、女らしい服を着て運転する、という物がある。

本人曰く、運転下手そうな格好をして速く走るそのギャップがいいんだと自分で言っていた。
しかし、俺もそれにはまってくもって同感だ。
なんたって俺自身がそのギャップに夢中にさせられたんだからな。

真っ白いふんわりとしたスカートを履いていても足下はきちんとしたドライビングシューズだ。
街を歩く用の華奢なヒールの靴も車に乗せてある。
徹底した美学だと思う。だからこそ、惚れ惚れするほど格好いい。



道の勾配とカーブがキツくなってきて、おわらないのペースが上がる。

いつもは割としっかりラインを押さえて最短ルートを走るのに、今日のおわらないのライン取りにはブレがあった。
微かに最短ルートを外れながら、荒々しく峠を登って行くがしかし、速い。

俺の理屈では到底説明出来ないが、なぜかおわらないはキレていて運転が荒い時の方が昔から速かった。

せわしなくアクセルを吹かしてスピードを上げて行くMR2に切り離されないように、俺も少し真剣にFCを操らなければならないほどだ。
この状態のおわらないに着いて行くのは啓介でも少し苦戦するだろう。
まったく本当に、魅力的な女だ。



しばらく走って頂上に着けば、おわらないがMR2から降りて来る。
白いスカートが夜風でふわりとなびいた。

そのゆらめきに誘われるように俺も車から降りて近づけば、おわらないの少しすっきりしたような顔が見える。



「気は、済んだのか」

「うん。ありがとね付き合ってくれて」

「いや、俺もいい気晴らしになった」

「涼介は優しいね」

「そうか?」



…だとしたら、俺を優しくしているのは他の誰でもない、おわらない、お前だ。



そう思ったけど、口に出したらきっとおわらないは照れてそれを隠しながらまた少し不機嫌になるだろうから黙っておく。



夜の光に照らされながら柔らかく微笑むおわらないは儚くて、瞬きひとつしただけで俺の目の前から消えてしまいそうな気さえする。


そんな俺の馬鹿げた心配なんて、おわらないはずっと知らなくていい。

消えさせない。俺が絶対に見失わない。






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