いまから会えないか?


簡潔なメールは彼らしかった。
恋人からのメールだというのに甘さをまったく感じさせない。こういうデジタルな物に温度を残すのが、嫌いなのだ。


二週間ぶりのメールが届いたのは夜の11時過ぎの事で、もうお風呂も済ませて寝る準備を整えていた。
だけど最近はお互い忙しくて、もう随分会えていないし明日は土曜日で予定も無いから久しぶりに夜更かしして好きで好きで堪まらない彼と過ごすのもいいだろう。


いいよ、と返信しようと文字を打っていれば遠くから聞こえる車の、音。

冷えた夜の空気を震わせるように近づいて来るこの音は、間違いない。涼介の車だ。

もう何度も何度もずっと乗っている車だから、音を覚えてしまった。
メールが来たのはつい数分前なのに、随分とせっかちだなぁ。
きっと、私が断らないと知ってて迎えに来たんだ。

返信を打つ手を止めて、上着を羽織って外に出るとすぐに角を曲がって真っ白なFCが近づいて来た。
相変わらず綺麗な車。
白い車は綺麗に保つのが難しいのに、涼介の車はいつだって純白だ。
それは彼の気高い気質を表しているようで、たまに触れるのが怖くなる。




「夜更かしは美容に悪いぞ」

「ふふっ。いいの、たまには」



停車すると同時に運転席から降りて来た涼介は軽い冗談を言いながら私の肩を抱いて助手席側に歩いて行く。
慣れた仕草でドアを開けてくれて、私が乗り込んだのを確認したらドアを閉めて、運転席に座った。

まったく、本当に慣れてるんだから、この男は。

憎らしいくらい、かっこいいから悔しい。
きっと沢山の女の子にこうしてあげてきたんだろう。
だけど、そんな事口には出さない。
いまの涼介には私だけ。その事実だけで、充分なんだ。



「久しぶり、だな」

「そうだね。もう涼介の顔忘れかけてたよ」

「ははっ。…俺はおわらないの顔を忘れた事なんて一瞬たりともないよ」

「またそういう事言う…」



涼介は、甘い。
メールとか、他の人がいるときは甘さの欠片も見せないのに、2人っきりになるとベタ甘だ。
心地よい低い声で私を甘やかす。
柔らかすぎる視線で私を慈しむように見られると、落ち着かなくなる。


私が恥ずかしがるのを知っててそうするんだから、まったくいい性格していると思う。




「…寒くないか?」

「大丈夫だよ」


涼介の車の空調は完璧に調節されている。
寒がりな私のために、少しだけ温度を高めに設定してくれてあるのもいつもの事だ。



「どこに、行くの?」



どうやら涼介の家に向かっている訳ではなさそうなので、聞いてみると楽しそうに涼介は笑う。



「内緒、だ」

「内緒って…」



行き先が分からなくても、涼介には絶対の信頼を置いてるから不安になったりなんかしない。ただ、わくわくが増えるだけ。


山道に入って来て、本当にこの人は運転が上手いなぁと思う。
涼介は私を隣に乗せている時は絶対に無茶な運転はしない。
いや、どんなに飛ばしていても涼介にとっては無茶な事じゃないんだろうけど、とにかく私が怖がるような運転は絶対にしない。

加速する時のギアの繋ぎ方は芸術的で道路を滑るように走って景色が流れて行く。
ブレーキングだって、停車を感じさえ無いほど滑らかだ。



会えなかった時間を埋めるように涼介とお話しながら山道を登って行くと、不意に涼介は車を停めた。



「寒いかもしれないが、少し出ないか?」

「うん。そうだね」



寒くないように上着の前をしっかり合わせていれば涼介が助手席のドアを開けて、手を差し出して来る。
黙ってその手に触れれば、優しく握って引いてくれる。
たまに、本当はこの人は他の国の王子様か何かじゃないのかと疑ってしまう。



車から出た後もその手が離される事は無くて、そのまま涼介のコートのポッケの中に一緒に入れられた。
あたたかい。あたたかいんだけど、それ以上に恥ずかしい。

涼介は涼しい顔でこんなに甘い事をさらりとやってのけるから、悔しいんだ。



寒い夜の道をゆっくり2人で歩けば、少し開けた場所に出た。


山の端っこなのか、正面に木が無くて、街の明かりがよく見える。



「綺麗。光の海だね」

「そうだな」



なんでもないように涼介は微笑んでいるけど、きっとこの景色を私に見せたくて連れて来てくれたんだ。
きっと、なにかの拍子にこの道を通ったんだろう。その時に彼の心の中に少しでも私がいて、私の事を考えてくれたんだと思うと堪らなく嬉しい。




「…おわらない」

「な、に…っ」



優しく名前を呼ばれて隣の涼介を見上げれば、静かに彼の綺麗な顔が近づいて来て、唇が合わさる。

熱い吐息が降って来て、息も出来なくなった。


静かに夜が深くなる。
私はこんなにも彼が大好きで、
彼はこんなにも私を愛している。

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