もう耐えられない。無理。ギブアップ。あきらめます。試合終了でいいよもう。なんていうか、ものすごく、くさい。
ふらふらになりながらなんとか教室を出て廊下に立てば、同じタイミングで後ろのドアから出てきた祐希と目があった。
そして奴がげっそりした顔のままなにも言わずにちらりと視線を上にやる。
うん。おっけい。
のそのそと歩きだした祐希に私も付いていく。
さっきの仕草だけで「屋上行こう」って言ってるのがわかっちゃう私はすごいと思う。悠太よりも祐希と心通じ合ってるんじゃないかな。悠太はまじめだからね。
屋上について深呼吸を何度か繰り返してやっと少し楽になる。
あーあ。くさかった。
今日は近くの男子校で文化祭があるからみんなの気合のいれ方がすごい。ついでに香水の匂いもすごい。
お化粧の匂いは平気だけど、香水の匂いで気分が悪くなっちゃう。
日陰にしゃがみこんでぐったりしてる祐希はもっとつらいんだろうな。お化粧の匂いダメだもんね。
ゆっくり傍に行って隣に座るとコテンと頭を私の肩に乗せてきた。こりゃ相当まいってるな。
「大丈夫?…吐きそう?トイレ行く?」
「…………ううん」
「…私に吐かないでよ」
「……………」
「おい」
黙り込んだ祐希の頭に私の頭を軽くぶつければ「いたた」とか言ってる。大丈夫そうだ。
「…おわらないのにおい、おちつく。…ゆーたのもだけど」
「私も自分の落ち着くな。祐希と悠太のにおいもいいよね。ほかほかする」
「え、おわらない自分のにおいわかるの?」
「え、わかんないの?」
「…普通わかんないと思うけど」
「えぇー。でも祐希、悠太のにおいわかるんでしょ?結構似てるよ?」
「まぁ同じ家に住んで同じ洗剤で同じ物食べてるからね」
「そうだね。でも微妙に違う」
「どう」
「んーっと、なんていうか悠太はほがらかでー、祐希はなごやか?」
「なにそれ全然わかんないけど」
「うん私もよくわかんなくなってきた。ちょっと待って」
どうにか上手に説明したくて悠太のセーターの肩口に顔をつけてにおいをかぐ。
うん。やっぱり悠太のと似てる。落ち着くなー。
「ちょっと、くつろがないでくださいよ」
「んんー。なごむ。…なんでみんな香水とか付けるんだろうね。そのままのにおいが一番落ち着くのに」
「ほんと。わけわかんないよね。くさいし」
「まぁ女の子たちは頑張っておしゃれしてやってるんだろうけど…でもあの狭い教室で香水振りまくのは勘弁してほしい。テロだよ、テロ」
「…おわらないはここままのにおいでいいからね」
祐希にひっついたままでいれば肩をつかまれて向き合わされ、そのまま正面から腕で閉じ込められた。あぐらの中に座らされたから私の背中は祐希の足と腕でがっちりホールドされている。なんだこの体制。
「ゆ、祐希、」
「あー、やっぱり落ち着く」
「…そうですか」
私は内心ドッキドキなのに、相変わらずマイペースな祐希は私の心臓なんてお構いなしにまったりしている。
っていうか正面から抱きしめられてドキドキしない人なんていないと思う。いまは授業中だから他に人居ないけど、誰か屋上に入ってきて見られたらものすごい誤解を受けそうだなぁ。
…でも、
「私も祐希のにおい、おちつくよ」
「…悠太のより?」
「ふふ、どうだろう」
「…………」
祐希の背中に手をまわしてぎゅっとすればやわらかい祐希のにおいに包まれて安心する。
勘違いされたって、いいや。
この時間が少しでも長く続けばそれで、いいや。