「3卓さん、ご注文入りました」
「おいなまえ」


ほどほどの客入りの昼下がり。
注文を受けてキッチンへ伝えに行くと、潤さんがちょいちょいと手招きをしたので素直に従って近くに行く。
心なしか表情が固い。



「はーい、なんです?」
「さっき向こうの客に絡まれてなかったか?」


視線は私から外さないまま首を僅かに動かして、男性グループの座るテーブル席を指す。
キッチンからよく見えたな。めざとい。

特に隠すようなことでもないから、制服のポケットに入れてあった小さな紙を差し出した。


「絡まれたというか。これもらいました」


手のひらに乗せた紙を潤さんはじっと見つめて眉間の皺を深く作る。
紙にはちょっと角ばった文字で簡単な「連絡ください」というメッセージと連絡先が書かれている。
お店で書いていたのは気が付かなかったから、前もってこういうのを用意していたのかな。マメなことだ。

受け取った私としては正直感情は無に近い。
街中のナンパと同じで、相手にしなければ害はないタイプだろうし。
流石にお店で捨ててしまうのは気が引けるから家に帰ったら燃えるゴミに分別しようと思う。もちろん連絡する気も毛頭ない。

だけど潤さんは事態を重く受け止めている様子でしばらく思案した後、ドリンクを取りに来ていた小鳥遊くんに声をかけた。


「おい小鳥遊、あの席の対応頼めるか」
「なに言ってるんですか潤さん」
「あぁ。はい。僕は構いませんよ」


一も二もなく承諾する小鳥遊くんにも驚くけど、潤さんが口を出すのも分からない。
別に私は伊波さんみたいな男性恐怖症でもないし、このくらいのことがあった所でどうってことないのに。


「まったく佐藤くんは過保護なんだから」


にこにこ顔の相馬さんも出てきて佐藤さんの眉間のしわがさらに深まる。
こういう潤さんを揶揄える機会を決して逃さないからなこの人。


「確かにみょうじさんはモテるけど、もっと信用してあげてもいいんじゃない?」
「モテるかどうかは置いといて、そうですよ潤さん。仕事なんですから」
「信用とかそういうことじゃないだろ。小鳥遊、悪いけど頼むな」


潤さんが再度頼むと、小鳥遊くんは「はい」と返事をしてさっさと出来上がった料理を運んでいってしまう。
あぁ、私の担当テーブルだったのにな。微妙に暇になってしまった。


「あんまり過保護にしすぎると嫌われちゃうよ」
「るせ」
「いたっ」


語尾にハートでも付きそうな口調で相馬さんが言ったけど、軽く蹴られた後は流石に飽きたのか黙ってキッチンへ戻って行った。
潤さんもその後を追うのかと思っていたけれど、ぴたりと立ち止まって振り返る。


「…ちゃんと気をつけろよ」
「なにを…?」


私の疑問には答えてくれないまま、潤さんは今度こそキッチンへ戻って行った。


お店の人たちには、比較的すぐ交際のことは知れ渡った。

八千代さんと店長はともかく、その他の人たちは潤さんが八千代さんのことを好きだって認識してるはずだからしばらくは内緒にしようと決めたのだけれどやっぱりというべきか相馬さんからは隠せるものではなかった。そして相馬さんの口に戸を建てることもできなかった。

ものすごくみんなには驚かれるかなと予測していたけれど、曰くお店のみんなは潤さんがうっすら私のことを気にしてるって知っていたみたいでそこまでのサプライズでは無かったらしい。
それを聞いた私が驚いたのは言うまでもない。え、みなさん勘が良すぎない?私もそこそこ気がつく方って自負あったけど全然わからなかったよ。


「佐藤さんって、なまえちゃんのことがとっても大事なんだね!」
「わぁ、ぽぷらちゃんいつからそこに」


物思いに耽りながらぼんやりとカラトリーの整理をしていると真横から元気な声が聞こえてくる。小さくて視界に入ってなかったよ。本人には絶対言えないけど。


「なまえちゃんがフロアいる時、いっつも心配そうに見てるよ」
「ええ…そんなポンコツだと思われてるのかな…」


ショック…と続ければ、丸くて可愛らしい目をくりくりさせて見つめ返される。可愛くて照れる。


「ちーがうよ!なまえちゃんが可愛いから、心配なんだよ」
「そんなことないんじゃないかなぁ」
「ふふふ、さとーさんも大変だね」


妙に大人びた仕草で言うけれど、見た目が完全にちびっこだからマセているようにしか見えなくて一周まわって微笑ましい。

だけど。

きっと、なんの先入観もなく私たちを見てくれているぽぷらちゃんの言葉だから少しは信用してみようかな。

どうやら私は、潤さんに大切にされている様だ。





.
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -