潤さんの上に馬乗りになって無様にも泣いている間、潤さんは拍子抜けするほど穏やかな顔で私を見上げていた。


潤さんって女性に限らず人の涙とかそういう面倒くさいものが大の苦手で、いつもぼんやりしているように見えるけど可能な限りそういったシチュエーションを避けるために慎重に行動しているところがあるなぁと、一緒にいて感じていた。

だから前に私が泣いた時に逃げないで優しく接してくれたことに密かにびっくりしていたのだけれど、今回はまた全然話が違う。
今回は潤さんにはっきり原因があって泣いていることは明確なはずなのに、そんなの避けたいシチュエーションナンバーワンのはずなのに、こうして静かに構えて泣き止むのを待ってくれているのは意外だった。

もっとオロオロしてくれるものだと思っていたけど、別に私に泣かれたくらいじゃビクともしないか。
これがもし八千代さんだったらきっともっと焦って泣き止ませようと努力したのかな。

そんな取り止めもない考えが浮かんでは消えて、それがまた涙腺を刺激する。

それなのに。
結構長い時間泣いてしまって、そろそろ体内の水分も出切ったのかな、ようやく涙も止まりそう、というタイミングで潤さんは今の私にとって最も残酷な言葉を投げてよこした。


「…お前は、あいつのことが好きなのかと…思った」


心臓をざっくり切られたような鮮明な痛みを感じた。
感情を司るのがココロだと言うのなら、私のそこからはきっと鮮血が溢れ出している。


全く予想していなかった台詞に、もう枯渇したと思っていた涙が出そうになったけど意地でも我慢した。

はぁ、もうアホくさい。
潤さん何にも分かってないんだもん。
私が今なんでこんなに怒ってここまで来たのかだって全く分かっていない。なんで泣いてるのかも絶対に分かっていない。

この人は結局どこまで行っても八千代さんのことしか見えてなくて、私のことなんて全然視界に入れてくれていないんだ。
だからこんな残酷なことをいけしゃあしゃあと言ってくる。

ここ数日の疲れがどっと襲ってきた気がして、深いため息が溢れる。

何もかも、これからの学校での関わり方とかバイトでの接し方とかどうでも良くなって、投げやりな気持ちで最後に一つ教えてあげることにした。


「…私が好きなのは潤さんです」


絶対に伝えるつもりのなかった感情。
蓋をされて、見えないように心の奥底に埋めて、そのうち存在を忘れられるはずだった想い。


外に出してみれば案外スッと出てきて。
心から解放されたことで、私の気持ちまで軽くなった気がした。


きっと思っても見なかったんだろう。
潤さんは目を丸くして、息も忘れた様子で私を見返してくる。


でも、ずっと友達だと思ってた相手に異性として見られていたなんて気持ち悪いよね。
私はもうあのバイトも辞めないといけないな。みんないい人達だし時給も悪くないしシフトの自由も効いて気に入っていたけど仕方ない。私はこの先、できる限り潤さんの前から消えないといけない。言ってしまった以上、ここにだってもう居られない。帰ろう。

そんな想いを込めて、長らく乗しかかっていた潤さんの上から身体をどかして、少しでも安心して欲しくて顔も見ずに伝えておくことにする。


「でももう関係ないです。宮澤くんと付き合うんで」


もう後ろは振り返れない。

言ってから再び無様に溢れた涙で濡れた顔を見せるわけにはいかなかった。

こんなダサいこと、言うつもりはなかった。だからせめてこんなダサい姿は見せたくない。


必死に玄関を目指して部屋を出るけれど、寸前のところで潤さんに捕まってしまう。

咄嗟に浮かぶのは大量の疑問符。


なんで?潤さんは八千代さんのことが好きなんだから、こんな自分のことが好きなんて言う面倒な女とは関わりたくないはずなのに。
なのにどうしてこの空間から逃がしてくれないの?

意地でも後ろを見ないで腕を振り払おうとするけれど私の力じゃびくともしない。
そうなるともう私にはできることはなくて、この先を思って恐怖するしかなかった。

早く解放して。こんなカッコ悪い自分をこれ以上晒したくないのに。


なに一つ思い通りにならなくて、自分へのイラつきが最高潮に達したのと潤さんが声を発したのは同時だった。



「…俺が好きなのは、轟じゃないんだ」
「え」


それはあまりにも予想外の言葉で、涙が溢れていることも忘れて振り返ってしまう。

真剣な眼差しをした潤さんを視線が交差する。
こんな嘘をつく人じゃないのはよく知ってる。

だけど、内容がうまく消化出来なくて、ただ黙って次の言葉を待つしかなかった。



「俺が好きなのは、おまえだよ。なまえ」



驚きすぎて呼吸を忘れることって本当にあるんだなぁ、なんて。少しむせながら場違いなことが頭に過っていった。



.
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -