俺が避けていたのが悪いことは承知してるが、久しぶりになまえに会えたことに身体の細胞が喜んでいる気がした。

なまえが他の男と付き合うのであれば距離を取らないとと考えて顔を合わせないようにしたこの数日間、明らかに煙草の消費ペースは上がって酒をやたらと飲むようになった自覚があった。
量の増えた酒のせいで出席のやばい授業へも遅刻ギリギリで滑り込むようになったし、やたらとニコチンが欲しくなってバイト中もイライラするのを止められなかった。


だがこうして久しぶりになまえに会えて、ましてやこんな近距離にいて、不思議なことにあんなに手が伸びていた煙草も酒も全く欲しくなくて、欲しいのはなまえの存在だけで。


こうして真下でなまえの涙を受け入れている時でさえ、こいつは泣き顔まで綺麗だな、なんてどこか場違いな感情が浮かんで来た。


しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。
俺はこいつにとって最も理解のある近しい友人でいることに決めたんだ。なのにずっとなまえの体重と体温を感じていると変な気になって来てしまう。
もっとなまえの熱が欲しいと思ってしまう。これは友人としては良くないサインだ。

涙も落ち着いて来て、なにを語ろうか迷っている様子のなまえに手っ取り早く水を向けてみた。



「…お前は、あいつのことが好きなのかと」


思った、と言い切る前にみるみるなまえの表情が歪んでいく。

乾きかけていた瞳がふたたびうっすらと湿りだす。

だがなまえはその水分が落下する前に、諦めたように一つ息を吐いて口を歪めると苦々しげに涙の代わりに言葉を落とした。


「…私が好きなのは潤さんです」
「!!?」



それは俺の思考を停止させるには十分な言葉で。
呆気に取られて動けずに言葉も発せられずにいる俺の上からなまえがスッと身体を避ける。途端に失われる重さと温かさが既に恋しい。


まさか。
まさか、なまえがそんな。

全くまとまらない考えに脳内がひっちゃかめっちゃかにされている俺を置き去りにして、なまえは出口に向かいながら振り返らずに吐き捨てた。


「でももう関係ないです。宮澤くんと付き合うんで」


投げやりに放られた言葉に呆然としている余裕はもう無かった。

今、この時。

このタイミングを逃すことはあり得ない。


荒々しく足音を立てながら、それでも素早く部屋から出て行こうとするなまえの腕を掴んで、玄関ギリギリで捕らえる。


嬉しさと、恐怖が半々だった。

きっとここで間違えればなまえは二度と俺のところには来ない気がして。
腕を掴まれて振り返ったなまえの瞳は薄い氷の様に鋭利に尖っている。
それほどまでになまえは繊細に傷ついていた。


自他ともに認めるほど口下手な俺がここでしくじらないか、俺自身が一番疑っているがここで行かしたら絶対にダメだということだけは直感的に理解していたから口下手を理由に諦めるわけにはいかなかった。



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