なまえは、宮澤の告白を受け入れるもんだと思っていた。


腹立たしいことに宮澤に告白されたということも、何なら以前居酒屋で送り狼されそうになっていた奴からも言い寄られていたことも相馬から聞かされた話だが、俺が全く気づいていなかったかと聞かれるとそうでもない。

特に居酒屋の奴なんてなまえへの下心を隠そうとしていなかったのを感じていたが、まさか想いを伝えていたとは知らなかった。自分の感情に戸惑ったり躊躇してまごまごしている俺とは比べ物にならない行動力に同じ男としてある種の畏怖の念すら感じた。


宮澤に関しても、コイツってきっとなまえに気があるんだろうな、と俺も同じ気持ちを抱いているからだろうか。わかる時があった。
宮澤はなまえともかなり仲のいい方に見えて、きっときっかけは俺のライブだったんだと思うと正直内心穏やかではなかった。

それでも宮澤という男は俺の目から見ても裏表のない奴で、俺を含むなまえの周りのやつにも気をつかって立ち振る舞っているのがよく分かったから、おそらくコイガタキという存在なんだろうが不思議と嫌悪感みたいな気持ちはなかったが、告白までしたと聞いた時は流石に焦った。

きっと、なまえは宮澤のことを拒否しないんじゃないかと確信めいた思いがあった。


だから、あの日休憩室で相馬がなまえに“断らなかったってことは付き合うんじゃないか“と問いかけた時、あぁそうかこいつは断らなかったのか、と。心臓がどくどくと鳴って焦燥感を煽りながらも妙に納得してしまった。

なにより、相馬に言葉をぶつけられたなまえの表情がはっきりと“迷っている“と言っていて、もう見ていられなかった。


他の男を想って悩んでいるなまえを見たくなくて無理やり会話を断ち切って、その場を立ち去る選択肢しか俺にはなかった。


あいつの性格だ。
脈がなければ気持ちを伝えられたその場ですっぱりと返答をする。

そんななまえが答えを保留にしたってだけで、俺にとってはもう答えを聞いたのと等しいと思った。

苦しい嫉妬や苛立ちがあったのはそれを聞いた当日だけで、翌日には妙に開き直った気分になっている自分に気がついた。

簡単な話だ。なまえが宮澤と付き合って、別れるのを友人という立場で待ち続ければいい。

それまでは絶対にこのポジションを注意深く守って、そしてその機会を待つ。幸い俺はこと恋愛においては待つことに慣れているからさして苦とも思わない。

きっとなまえはこの先宮澤と付き合って、ぶつかり合うこともあるだろう。
そんな時に一番親しい異性の友人として話を聞き、慰め、時には叱って、そうして距離を保って、いつか粉々になってダメになった時に俺が入り込めばいい。

最低な考えだった自覚はあるが、俺にはもうその道しかなかった。なまえと繋がるための、唯一の細い道。


なまえが本庄に襲われているところに行った夜、そっと俺の手に触れてきた小さな手の熱。

あの時、俺が怖いか、と尋ねたらなまえはまるでなんでそんなことを聞くのかまるで分からない顔をしていた。
けれども懸命に答えようと首を横に振ってくれた光景が脳に焼き付いている。
あの答えだけで今の俺には十分に思えた。

きっとなまえは俺を男としては意識していない。
だから、あの夜も男に乱暴されかけたにも関わらず男である俺を側に置いても恐怖心も湧かなかったんだろう。

今は、一番の友人という立ち位置が最適解なはずだ。

そう自分に言い聞かせて、なまえから鍵の返却を求められるよりも前にポストに戻した。
あいつから“返してください“なんて面と向かって言われたらきっと俺は無様にも傷ついてしまうから。自衛の為に先んじて防衛線を張った。

それなのにも関わらず。
この今の状況は何だろうか。


鍵の返却に気がついたなまえは、いつものとってつけたような敬語すら取り払って怒りを隠そうともせずに俺の部屋に押しかけてきた。
押しかけてきただけじゃなく、そのまま俺に向かってやって来て、力一杯俺を押してあろうことか身体の上に乗ってきた。

正直、なまえの全力で押されたところでどんなに不意を突かれたとしてもバランスを崩して倒れるなんてことはないが、俺が抵抗をしたら目一杯力を込めたなまえが逆に後ろにひっくり返る危険があったから素直に倒れ込んだまでのことだった。

今も、なまえは体重をかけて俺を動かないように固定してるつもりかもしれないがなまえの重さなんてたかが知れている。少し身体を動かせば簡単に吹き飛んで体勢を逆転することなんて容易い。

それでも。


「潤さんの、ばか!!こっちの気も知らないで!」


俺の上から一生懸命に怒るなまえの姿が愛おしくて、抵抗することなんて出来はしなかった。


「断るかもしれないじゃないですか!それなのに、それなのに、」


ひっく、となまえの細い喉が鳴って、次第に強い意志を秘めた瞳に水分が集まってくる。


「…むし、して」
「………」
「避けて、しゃべって、くれなくて」
「なまえ…」
「か、勝手に…きめて、鍵返すし」


真上にいるなまえから落とされる涙は重力に従って真っ直ぐ俺の顔に降り注いだ。

なまえの涙は何度か見たことがあったが、それは全部俺じゃない何かが原因だった。だから、いざ俺が泣かせたというシチュエーション下に置かれて動揺するのは止められない。何度見ても、女の涙は慣れるもんじゃないしな。

明確な怒りの中に、なまえの寂しさも見えてきてバツが悪くなる。

落ちてくる涙は俺の頬を濡らして、伝った先の口の中にも入ってきた。

そのしょっぱい水滴は俺がなにをしても止められる気がしなくて。
ただただアホみたいに、じっとそれが止まるのを待つしかなかった。



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