中澤くんから告白されてからの数日間、思い切り潤さんに避けられているのに気がついた。


同じ授業へは始まるギリギリに滑り込んできて私からは対角線になるように座って終わると同時にいなくなるから話すこともできない。
前まではよくいた食堂にも喫煙所にも図書館にもいなくて、すれ違うこともない。

バイトではほとんど休憩室にも寄り付かずにキッチンにこもって出てこないし、仮に休憩室にいたとしても私が入っていくと休憩時間が残っていても立ち去ってしまう。

メッセージもほとんどシカトに近いそっけないもので、段々と辛くなってくる。


え、私なんか怒らせるようなことしたっけ。なんで避けられてるんだろう。まるで心当たりが無さすぎる。
前もひょっとしてちょっと避けられてる…?ってことはあったけど、今回ほどあからさまじゃなかった。
どうしたんだろう。ひょっとして直人のことでじわじわ私にムカついてるとか…?いやでも潤さんそういうタイプでもないしな…。


悶々としながらもバイトを終えて帰路に着く。
ちなみに潤さんは今日シフトも入ってなかったから姿も見かけてない。最後にまともに話したのいつだったっけ。仲の良い友人と話せなくて普通に寂しい。

明日こそは避けられてもちゃんとつかまえて、どうしたのか話しないとなぁ。

しゅんとしながらマンションについてポストを開ける。
不要なチラシがいくつか入っている中に、コツンと固い質量を感じて中を覗き込むと、そこには鍵が入っていたから驚いた。


これって、私の部屋の鍵…?

どこかで落としたとか…?

いやいやでも今さっきまさにオートロック開けるのに使ったもんね、と思いながら鞄の中を見ればもちろんそこにも鍵はあって。


ということはこれは合鍵。
私の部屋の合鍵を持つ人なんて、1人しかいなかった。


すっと身体の中心が冷える感覚がして、スマホを取り出す。
エントランスから一歩も動かずに素早くメッセージアプリを起動した。


“鍵、潤さんですか“


送ってから、カツカツと靴の裏で床を叩いて返事を待つ。
その時間は数時間にも感じたけれど、実際にはほんの数分で久しぶりに返答が返ってきた。


“俺“


こんなに必要最低限なことある…?
なんで急に、とか、返すなら返すで直接渡しなよ、ポストに入れるって冷たくないか、とか。
一瞬で色んな感情が体の中を駆け巡ったけど、続いて送られてきたメッセージに明確に怒りを感じた。


“男出来るなら返した方がいいだろ。俺のは適当に休憩室にでも置いといてくれ“


踵を返して駐車場に向かいながら携帯を耳につけて呼び出し音を聞く。
しばらく待たされたけど、ようやく出てくれた。


『…なんだよ』
「今どこ」
『は?どこって…』
「お家?」
『…そうだけど……』
「行くから、そこいて」
『はぁ?ちょっと待て、』


なにか言いかける潤さんの言葉を無視してブチっと勢いよく通話を切って、まだ冷め切ってない車に乗り込む。
勢いよくアクセルを吹かして、道に出る。

うちから潤さんのところまでの最短ルートは頭にも入っているし体が覚えてしまったほど走った道だ。
あっという間に到着して、駐車場に車を停めて部屋を目指す。

インターホンを押すのももどかしくて、いきなりドアに手をかければ鍵は開いていたことに少しだけホッとする。開けておいてくれたんだ。少なくともいま、訪問を拒まれてはいないんだ。

ほっとしたことで落ち着いたかというと全然そんなことはなくて。
むしろ感情のブレーキが効かなくなって、昂ってしまう。


部屋にドカドカ入ると、潤さんはベッドに座っていて気まずそうに私を見た。
言いたいことは沢山ある。なんで避けたの?とか、元気だったの?とか。ちゃんと会った時には落ち着いて話をしたいって思っていたのに、久しぶりに正面から捉える姿にもう我慢なんて出来なかった。


「ばか!!」
「??!」


ずんずん近寄って行って、潤さんのシャツを掴んで力任せに押し倒す。
完全に油断をしていた潤さんは簡単にバランスを崩してベッドに倒れ込んだ。
戸惑う潤さんに構わず、上に座り込んで動けないように体重をかける。


「ちょ、なまえ、」
「潤さんの、ばか!!こっちの気も知らないで!」
「いいから、一旦落ち着けって」
「断るかもしれないじゃないですか!それなのに、それなのに、」


ひっく、と喉が鳴って視界が滲んでいく。
それを見て、潤さんの目が丸く見開かれる。


「…むし、して」
「………」
「避けて、しゃべって、くれなくて」
「なまえ…」
「か、勝手に…きめて、鍵返すし」


抑えようと目元にギュッと力を入れるけど上手くいかなくて、ポタポタと涙が落ちてしまう。

そしてその涙は私の真下にいる潤さんの顔に当たって、潤さんの頬を濡らしていく。

もっともっと、言ってやりたいことは沢山あるのに。後から後から溢れてくる涙が邪魔して話せなくてもどかしい。

どのくらい寂しかったのかとか、昨日から出た学食の美味しいメニューの話とか、授業で出された理不尽な課題とか。どうでもいい話も、大切な話も、全部潤さんとしたかったのに。

どれもこれも言葉にならなくて、ただただ涙をこぼすしかできなくて。


そんな私を、潤さんは下から苦しそうに顔を歪めながらも、黙って私が落ち着くまで待ってくれていた。



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