やっと夜ご飯のお客さんのピークが去って、対応が落ち着いた休憩中。
無性に甘いものが飲みたくてメロンソーダをゆっくり飲んでいると、同じく休憩していた相馬さんがあっさりと爆弾を落としてきた。
「みょうじさん、今日の告白にはなんて返事したの?」
「っゴホッゴホッ」
「はぁ。プライバシー…」
「ええ?!晶子ちゃんモテモテだ!すごい!!」
飲んでいたコーヒーを思い切りむせる潤さん。突然の恋バナにテンションを上げるぽぷらちゃん。なにを考えているのか一切漏らさない笑顔の相馬さん。
さっきまでのまったりとした時間を返してほしい。
「相手は誰?同じ学校の人??!」
「うん、そうだよ」
「へー!仲良しなんだ!」
「学部も一緒だもんね」
ぽぷらちゃんから投げられる質問に全て相馬さんが答えていく。
相手まで特定されてるのか。私の持ち物に盗聴器とかないよね。一回ちゃんと調べないと…。
直人とは別の意味で身の危険を感じていると、潤さんが何かいいたげにこちらをじっと見つめている。
きっと、元彼に襲われかけた件があった後で何かと男性関係に心配をかけているんだろう。申し訳ない。
でも中澤くんは間違っても女性を無理やりどうこうするような人じゃないから大丈夫。安心してください、の意思を込めて頷いて見せれば、眉間を押さえてまたコーヒーを飲んでいた。
そういえば潤さんが煙草吸ってるところ最近見てないなぁ。…禁煙してるのかな?
でも休憩室の灰皿には吸い殻が入っているのを見るから、被らない休憩時間には吸ってるっぽい。
お家の灰皿にももちろん灰が溜まってるけど、実際に吸っているところは見かけない。
単に本数減らしてるのかな。健康の為には良いことだ。
うんうん、と1人現実逃避を兼ねて別のことを考えていれば相馬さんはあっさりともう一つ爆弾を落とす。
「前に居酒屋で一緒に飲んでた人にも告白されてその時はあっさり断ってたよね」
「っゴッホゴッホ」
「はー、なんでも知ってるんですね。スゴーイ」
「そうなの?!なんで断っちゃったの??!」
うんざりした目を相馬さんに向ければ「いやぁそれほどでも!」と嬉しそうに返される。褒めてないよ、ってことまで分かってて言ってるな。
「晶子ちゃんはその人のこと好きじゃなかったの?」
「…うん。友達として付き合えても、恋人として付き合えない人はいるからね」
くりくりした純粋な瞳で覗き込まれて、ついつい真剣に答えてしまう。ニヤニヤしてる相馬さんの前で癪だったけど。
やっぱりと言うべきか。今日の告白に対する私の返答を知っているであろう相馬さんは笑顔のまま口を開く。
「今回もあっさり断ると思ってたけど。違ったんだね」
「………」
相馬さんの把握している通り、中澤くんへは返事が出来なかった。
断ることも受け入れることも出来なくて、考える時間が欲しいと応えを保留した。
すると中澤くんは嫌な顔ひとつせずに「もちろん。ごめんね急に」と小さく笑って食堂から出て行ってしまった。
あれは私に気を遣わせない様に距離を置いてくれたんだと分かる。どこまでもいい人だ。
不思議なことに、すぐに断る選択肢は出てこなかった。多分、嫌じゃないんだと思う。
むしろきっと、潤さんがいなかったらすぐに受け入れていた。
中澤くんのことは普通に好き。
趣味も合うし、何度か遊んだけど一緒にいて落ち着く相手だ。
潤さんと八千代さんがうまく行って欲しいから、私はちゃんと次を見ないといけない。
だから中澤くんと付き合うのは総合的に判断するととても正しいと考えている自分もいた。
「断らなかったってことは…付き合う気なの?」
「それは、」
「相馬」
うっすらとした笑みを口にだけ携えて詰問してくる相馬さんに何か伝えないと行けない気がして、なぜか焦って口を開きかけた時、カタンとマグカップをテーブルに置いて潤さんが静かに口を開いた。
「そのへんにしとけ」
咄嗟に潤さんを見ると、真っ直ぐ相馬さんのことを睨んでいてさっきまでの休憩室の空気とは一変してピリピリした。
「なんで?佐藤くんも気になるんじゃないの?」
「…別に。こいつの勝手だろ」
挑発的な声を出した相馬さんに潤さんは冷たく返してコーヒーを飲み干すと立ち上がって仕事に戻っていく。
潤さんの離席によってなんとなくしらけたのか相馬さんも「強がっちゃってさ」とぼやきながらキッチンへ立ち去った。
「なんか変な空気になっちゃったね、ごめんね」
「う、ううん!私こそいっぱい聞いちゃってゴメンね…!」
キッチン二人組の態度に困った様子のぽぷらちゃんに謝れば首をブンブン振って眩しい笑顔をむけてくれる。私も無理やりニコッと返してホールへ向かうけれど、心の中には冷ややかな潤さんの言葉がざっくりと突き刺さっていた。
『こいつの勝手だろ』
まさにその通りで、ぐうの音も出ない正論で。
私に彼氏が出来ようが出来まいが潤さんには絶対に関係のないことで、これっぽっちも気にならなくて。
知っていた答えに今更傷ついてみたりして、恋する人間の心っていうのは厄介だ。
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