直人の件から数日が経った。あの出来事は遥か昔のことのようにもつい昨日のことのようにも感じて、非現実感もあるのに漠然とした恐怖みたいなものも記憶に残っていて不思議な感覚だ。

あの日助けてもらった潤さんとの関係はと言うと、どんな顔してどんな態度で接するのが適切か分からずに、結局なにもなかったかのように振る舞っている。



「おい、好き嫌いすんなよ」
「してませんよ」
「じゃあそれは何なんだ」


お昼ごはん中の学校の食堂。
ピークタイムは過ぎていて空いている席も目立ってきた。

目の前に座って私と同じチャーハンをすいすい食べる潤さんは、手に持ったスプーンで私のお皿の端に寄せられたグリンピースを指した。


「グリンピースです」
「食わねぇの?」
「味はね、好きなんですよ。だから裏漉しして冷製スープにしてほしい」
「……」
「食感がぼそぼそしてて苦手で」


堂々と話す私を呆れた目で見てくる潤さんの顔は“こいつこういう所あるよな“と雄弁に語っている。
ひとつため息をつくと、小さな子供に諭すように言われた。



「それを好き嫌いって言うんだよ」
「潤さん食べます?」
「………食う」
「どーぞ」


カチャカチャと私のお皿からグリンピースを掬って一口でパクリ。全部一気に食べてしまった。大きな口だなぁ。

お皿の上からグリンピースが無くなって食べやすくなったチャーハンを食べ進める。潤さんはもう食べ終わったのか暇そうにノートをめくっている。


「次授業ですよね?いいですよ行って」
「あー、いや。まだ時間平気だから。ゆっくり食えよ」


私はもう今日の授業が終わったけど、潤さんはまだある。確かにまだ時間に余裕はあるけれど、教室でゆっくり始まるのを待ちたいかなと思って声をかければ穏やかな声が返ってくる。
食べてる私をひとりで残して行く気は無いらしい。

こういう小さな優しさひとつひとつにキュンとして、浮かれて、好きな気持ちが募ってしまうのは辛い。辛いけど、嬉しい。盛大な矛盾を抱える私の心は忙しかった。

とはいえあんまり待たせるのも気が引けて集中してせっせと食べる。
食堂のチャーハン久しぶりに食べたけど結構美味しいな。また注文しよう。

呑気なことを考えているうちに食べ終わってお水を飲んで一呼吸置いていれば、食堂の入り口から見知った顔が入ってくるのが見える。


中澤くんだ。

食堂を見渡している様子の中澤くんと目が合って、挨拶がわりに小さく手を振ると私に気がついてこっちに近寄ってきてくれた。

佐藤さんに軽い会釈と共に挨拶をして、躊躇いがちに私に視線を向けてくる。


「食事中?ごめんね邪魔しちゃって」
「ううん、食べ終わった所だから」
「俺そろそろ行くわ」
「はーい。またバイトで」
「お疲れさまです」


立ち上がった潤さんは自分の食器と一緒に私のも持っていって片付けてくれる。

「わ、すいませんありがとうございます」

いつものことながら申し訳ないやらありがたいやらでお礼を伝えれば、「あぁ」とだけ短い返事を残して食堂から出て行った。
こういうことをさらっとこなせるのがかっこいいよなぁ。なんで八千代さんにはスマートにできないんだろうね。

潤さんの背中に憂いを帯びた視線を送っていると、中澤くんが「座っていいかな?」と今まで潤さんが座っていた席を指して控えめに聞いてきたのでもちろん了承する。バイトの時間まで暇だから、一緒にお喋りしてくれるのは嬉しい。

しばらく同じ授業とかの話をして、会話が途切れた所で中澤くんが遠慮がちに口を開く。


「…あの、さ。みょうじさんって、佐藤さんと付き合ってるの?」
「えっ!?違う違う!」


予想外の質問に思わず大きな声で否定してしまう。

そうであれば嬉しいけれど、残念ながら全くそんなことはないんですよ、という意思を込めて答える私を見て、中澤くんは少し安心したように笑った気がした。

なんでちょっと安心したっぽいんだろう。
なんだこれ、いや、気のせいかもしれないけどなんかこの空気って。

ぼんやりと漂う生暖かい空気に置いてけぼりにされていると、うっすら赤くなった顔で中澤くんは真っ直ぐ私を見つめて雷を落としてきた。


「俺さ、みょうじさんのこと好き、なんだ。よかったら彼女になってください」









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