インターホンが押されたと気がついてから、咄嗟に声を上げようとしたけれどそれは直人の手によって塞がれて叶わなかった。

それでも何度か鳴らされる音に、どうにかしてここにいると伝えたくて足をガムシャラに動かせば運よくローテーブルに当たってワインがゆっくりとフローリングへ落ちる。

硬いボトルが床に当たる音が外にも聞こえたのか、今度はドアを直接叩く音と、はっきりは聞こえないけれど何か叫ぶ声。潤さんの、声。

あぁ、メッセージ届いていたんだ。ちゃんと潤さんに届いて、そしてここまで来てくれたんだ。

目の前の直人は予想外の来訪者に明らかに動揺していたけれど、ガチャガチャと鍵の開く音を聞いた時にその焦りはピークを迎えたようだった。


「なまえ!!」
「クソッ、なんで鍵なんて持って……」


部屋に入ってきた潤さんが私の名前を呼んだ直後、いままで感じていた圧迫感が消える感覚がして直人が無理やり立たされているのが見えた。直後、迷いのない動きで潤さんの腕が動いて直人がよろける。


「ッツ…痛っ…!」
「…オイ」


守ってもらったはずの私でさえ思わずびくりと肩が動いてしまう程の、地を這うような低い声。


「二度と現れんな」


聞いたことのないような怖い声を出して、見たことないほど怒っている潤さんがそこにはいた。

殴られた直人は怯えるような目で潤さんを見た後、なにも言わずに部屋を出ていく。

潤さんはその姿を確認してから、いまだに床でへたれている私に視線を寄越す。

ありがとうとか、ごめんなさいとか、来てくれて嬉しいとか、かなり怖かったとか、バイト終わりに八千代さんと予定でもなかったんですか、とか。

様々な考えや感情が浮かんでは消えて、やがて頭の中でパチンと弾ける。弾けた反動で、私の目からさらさらと涙が溢れた。

それを見た潤さんは、とても辛そうな顔をしたかと思うとすぐに屈んで私を長い腕で包み込んでくれる。
壊れ物に触れるように、そーっと、触ることに躊躇しているかのように。


私はというと、ここでしがみついたらきっともっと強く抱きしめてくれるんだろうかなんて邪なことを考えてしまって、そうしたら潤さんの温もりを、今だけでも独り占め出来るんじゃないかとか思ってしまって、でもどうしてもそんなこと出来なくて。

潤さんに触れられない私は、ただただ床に手をついたまま涙が止まるのを待つしかなかった。




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