直人が適当に食べ物とお酒を買ってきてくれたのでのんびりと部屋で映画を観ながら過ごす。
ベッドを背もたれにしてカーペットに並んで座る。目の前のローテーブルに食べ物と飲み物が置いてあるからちょっと手を伸ばせばなんでも届いて、楽ちんだったからもう何時間もそうしてダラダラしていた。

ぽつぽつと映画の感想だったり雑談だったりを挟みながら喋るけど正直そこまで楽しくなくて、何度目かわからない欠伸をこっそり噛み殺す。

もう結構いい時間になってきたよなぁ。そろそろ帰ってもらおうかなぁ。おつまみでお腹いっぱいだから夜ごはんはスキップして、さっさとお風呂入って眠ってしまいたい。

適度にアルコールも入って本当にそろそろ眠くなってきた。
直人は眠くないのかな、帰りたい気持ち溜まってきているのでは?と横を見ると不意に目があって驚く。


「直人、そろそろ、」
「佐藤って人さ、好きな子いるんだろ?」
「!!…なんで知ってるの?」
「まえーに会った時なまえちょろっとそんなようなこと言ってた」


迂闊すぎか、私。
お店の人たちが全員知っているような周知の事実だとしても、久しぶりに会った元彼にそんな話までするとは。自分にがっかりする。
いや多分、直接的なことは言ってないんだろうけど直人は勘がいいからきっと読み取ったんだろう。これは言い訳にはならないけど…。


大学に入りたての頃、告白されて付き合ったこの人は、言葉に出さない感情や意見を汲むのが上手な人だった。
友達もあまりいなくて、不安な気持ちで過ごしていた私にとってあれは恋愛感情ではなかったけれど、無条件に甘えていい相手ができるのは楽だった。一緒にいて嫌な相手じゃなかったし、付き合っていくうちに段々と好きになっていくかなと思っていたし実際にそれはそうだったとも思う。

だけど、浮気とかではないにせよ少しずつ小さな嘘をつかれていることに気がついた。
私のことを大切にしてくれていたんだろうけど、きっと本人も意識していないような小さな嘘達に私が気づいてしまってからはもうダメだった。

あれはこの人の癖みたいなものなんだと思う。何度指摘しても治らなくて、そのうちなにを話していても嘘をつかれてる気がして、一緒にいても安心出来なくて、苦しくてお別れを切り出したのは私だ。


私が言葉にしなくても様々な意図を読み取ってくれる相手と一緒にいるのはとても楽だった。でも、安心できない相手とは友人以上の親しい関係になっても辛いだけだなと身をもって学んだ、そんな経験。

きっと、言ってないけど気づかれている。
隣に座る直人が次に発する言葉が予測できて、怖かったけど視線を外すこともできなかった。


「…なまえ、あの人のこと好きっぽいけど」
「………」
「無理でしょ。略奪?とか向いてないし」


自分で分かってはいたものの、他人の口から“無理でしょう“と言われるとなかなかショックを受けてしまう。

直人の言う通り、私は他の人を好きでいる潤さんに積極的にアタックして振り向いてもらうまで頑張るなんて、そんなこと出来ないのはよく分かっているしやるつもりもない。
だからこそ今、必死に忘れる努力をしているし、今日直人に会ったのもその一環だった。潤さん以外の人ともちゃんと時間を使って過ごして、潤さんの存在を希釈させようと思った。

だけどぼーっと映画を見ていてもいつの間にか今バイトをしているであろう姿を想像してしまうし、恋愛シーンが出てくれば、いいなぁと思ってしまったりして結局潤さんのことを考えるのをやめられなくて。

なかなかコントロールの効かない自分にヤキモキしていたからか、一瞬直人の瞳に熱が込もったのを見逃した。


「俺に、しときなよ」
「え、」


くるりとこちらに身体を向けて、肩を掴まれる。
これはまずいんじゃないのかな、と妙に冷静に考えている自分もいて、咄嗟に後ろ手に持った携帯でメッセージを送信する。
もちろん画面は見えないけれど、ごく短いメッセージくらいなら見なくても打ち込める。相手を選んでる余裕も、文面を熟考する時間もなかった。メッセージがきちんと送られたかどうかの確認も出来ないけれど、成功していればきっと一番最近にメッセージのやり取りがあった潤さんへ届いているはずだ。


「なまえ、好きだよ」
「いや、ちょ、やめて」


肩を掴んでいた手が下に降りてきて、今度は手首を掴まれる。携帯が手から滑って離れてしまった。


「冗談でも笑えない。本当にやめて」
「どうして?俺たち付き合ってたのに、こういうことはさせてくれなかったよね」
「そういう関係になる前に直人の嘘に付き合いきれなくなったからね」
「こんなに好きなのになぁ」


どうにかして気を逸らそうと対話してみるけど、段々と怖くて堪らなくなってくる。
直人は、どれほど私のことを愛しているのかを語ってくるけれども恐怖で全然入ってこない。

私、このまま襲われるのかな。潤さんにメッセージは届いたのかな。仮に届いているとしても気づかないかも。ひょっとしたら入力ミスって読めてないかも。そもそも全然別の人に送られてしまったかも。
ぐるぐると頭の中で不安が渦巻いて止まらない。

このまま襲われたとして、私は警察に直人を突き出せるだろうか。知らない警察の人に根掘り葉掘り嫌なことを聞かれて、それでなにが得られるんだろう。襲われた事実は変わらないのに。時間は巻き戻らないのに。

そもそも元彼を家にあげてこんな時間まで仲良くお酒を飲んでたってことは合意があったんじゃないか、とか見当はずれなこと言われないだろうか。考えてみれば私も十分不注意で反省すべき点があるようにも感じてくる。悔しい。

いやでもやっぱりどう考えても力の弱い女性を無理やり丸め込んで関係を持とうとする方が悪いのには変わりがない。私はたまたま直人のことをよく知ってるから命の危険までは感じてないけど、世の中には抵抗すると殺されちゃうんじゃないかって怯えて耐えてしまう女性もいると思う。


でもじゃあ、だからってここから自力で切り抜けるビジョンも全くなくて呆然としてしまう。
こんなんなら、何か格闘技でも習っておくんだった。伊波さんのお父さんの先見性を今だけ見直した。

腕を掴まれてから、もうどれくらい時間が経っただろうか。10分?20分?それ以上?観ていた映画はとっくに終わって、長く操作されない画面は黒くなっていた。

どうにか私を口説こうと必死に言葉を重ねている直人だけど、私の反応の鈍さにだんだんと痺れを切らしているのを感じる。


「ね?優しくするからさ、もう一度やり直そう」
「っ、やめっ」


あぁ、今頃潤さんはバイト終わって、ゆっくりしているのかな。
ひょっとしたら八千代さんとデートしてるかも。それなのに私は好きでもない元彼に身を寄せられて身体を暴かれようとしているのか。あほすぎる。
自分の愚かさにがっかりして、思考する力がふっと抜けていくのを他人事のように感じた。


希望を捨てようとしたその時、玄関のチャイムが鳴った。




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