飯を食ってアルコールを摂取して満足したなまえはそのまま電池が切れたようにストンと寝た。
起こそうかとも考えなかったわけじゃないが、あまりにも気持ちよさそうに眠っているのと、コイツが泊まっていくのも別に珍しいことじゃないだろうと自分に言い聞かせてそのまま寝かせておくことにした。

すーすーと安心しきって眠るなまえにヨコシマな感情を抱きかけて、慌てて掻き消す。
呼吸に合わせて柔らかに上下する胸や、影を落とすまつ毛、時折むにゃむにゃ動かす唇を見ないように見ないように注意するが少し気を抜くとまた視線を向けている自分に気づいて頭を抱える。


とりあえず煙草でも吸って落ち着くか。…はぁ。

なまえの真横で火をつけかけて、一瞬思案する。
…外で吸うか。


今までは特になにも考えずに目の前で吸っていたし、なまえも嫌がる素振りがないからおそらく気にはしてないんだろう。しかし自分の気持ちに気づいたからには最大限大切にしたいと思ってしまうのを止められない。
副流煙だってその一つで、俺が外で吸えば済む話だろうから。なんとなく寝ているこいつの傍で吸うことに気が引けた。


なまえを起こさないようにそっとベランダへ出る。
柵にもたれかかって、今度こそ火をつけて深く息を吐く。


「フーッ…」

ぼんやりと外を見た後、身体を反転させて、柵に背をつけて室内へ視線をやればなまえが相変わらずぴくりとも動かずに寝ている姿が見えた。



これまで俺は轟のことが好きだった、ハズだ。それは疑いようのない事実だと流石に思う。
けれど、こうしてなまえへの感情を認識してから自身の煙草の煙を気にしてみたりすると、これは今までは無かった感情だとも思う。

結局、刷り込みみたいなもんだったのかもな。
轟に対する感情はもっと綺麗なものだったように感じる。守りたいと思ったことも嘘ではないけれど、そこに具体的なイメージはなくてただ漠然とした感情だった。

一方でなまえに対する俺の感情はもっとドロドロしていて汚いものに思えてしまう。この世のなまえを傷つける人間から守りたいと明確に思っているが、他の男の手がこいつに触れると考えただけでもドス黒い感情が全身を駆け巡って充満する。誰にも渡したくないし、誰にも触れさせたくない。

真っ直ぐで、飾らずに、賢いくせに人を信じすぎる危なっかしいところもあるなまえが人の悪意に触れて涙を流すことが無いように。俺がそんな奴らを取り払ってやれたらいいと思ってしまう。
これは危険な独占欲だ。


灰皿に灰を落として、再度煙を吐き出す。
短くなった煙草を灰皿に押し付けて部屋に戻る。

起きる気配のないなまえに布団をかけてやって電気を消した後、一人だけベッドに寝るのも気が引けて俺も床に寝転がった。


目を閉じてもなかなか睡魔が降りて来ず、もう一度目を開いて隣を見る。

薄明かりの中、布団から飛び出したなまえの手が近くにある。こちらに顔を背けて寝ているから表情は見えないが、規則正しい呼吸音がするからきっと熟睡してるんだろう。


小さくて柔らかそうな手のひらがやんわりと握られている。
俺の手とは全然違う、女の手。筋張ってもいないし、丸く整えられた爪まで柔らかそうに見えてくる。

不意にその柔らかさを確かめたくなって、無意識のうちにそっと自分の手を伸ばしかけるが、寸前で思いとどまった。



「っぶねェな…」

意識せずとも漏れたつぶやきと共に、伸ばしていた右手を自分の左手で掴んで引き戻す。

俺は、今なにをしようとしてたんだ。

寝ているなまえの手に触れて、柔らかさを確かめて、それから。それからどうするつもりだったんだろう。想像するだけで心臓の鼓動が速くなる。

はぁ。なにをやっているんだろうな俺は。
こんなにどっぷりとハマっておきながら、もうなまえとは友人として密度の濃い時間を過ごしすぎた為にどう動いていいのか分からない沼に絡め取られている感覚だ。あまりにも異性の前にヒトとして相性が良すぎてここまで来てしまった。ここからどうすればなまえは男として俺の方を見てくれるのか見当もつかなくて途方に暮れる。


それこそ、今まさに寝ているなまえを襲いでもすれば俺を男として見るようになるんだろうか。


考えたものの、我ながら己の愚かさに笑いが漏れる。そんなことするハズもないのにな。

俺は恋愛に関してはいつもこうだ。何も出来ずにただ過ごして、がんじがらめになって自分の首を絞めていく。今までは、それでもよかった。ある程度距離を詰めつつ流れに身を任せることで自衛をしていた。だけど、対象がなまえになった今、話が変わってくる。

こいつを誰かに取られるのは絶対に嫌だった。
絶対に嫌だという強い気持ちがあるくせに、じゃあいざどうするんだとなると何も行動が浮かばない。

自分自身の愚かさに嫌悪しつつ、無理やりなまえに背を向けて再び目を閉じる。
なまえの静かな呼吸音に集中しない様に、その内きっと眠れるように願いながら長い夜を過ごすことにする。





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