いつも通り流れでなまえが泊まることになったけど、もしかしたら俺は何かを何処かで間違えたのかもしれない。

風呂上がりのなまえをなるべく見ないようにしながら上手く動かない思考を必死に巡らせる。

今まで特に何も感じなかったはずの事にものすごく意識してしまっている自分がいる。


昼間着ていた服は寝にくい上に皺になると面倒だから、はじめて泊まった時から俺のTシャツとスウェットを適当に貸している。
だけどあまりにも体格が違いすぎるからなまえはTシャツの裾を縛ってだぼつかないようにしているけど、それがこいつのウエストの細さと胸の形を浮き上がらせている。長すぎるスウェットも膝くらいの丈になるように折りあげてあって、そこから伸びている白くて華奢な脚が心臓に、悪い。


なんだ、これ。今までだって何度も見たことあンだろ。どうして、今日に限ってこんなに心臓が落ち着かないんだ。



「お風呂ありがとうございました。どうです?あれから何か使えそうな資料見つかりました?」
「…あぁ、まぁ、少しは」
「そうですか。今日はこのくらいにしときましょうか。もう時間も遅いですし」
「そう、だな………っ、!」



俺が調べた所を確認しようと、なまえは俺の真横に座ってパソコンを覗き込んで来た。

ちょ、近い、だろ…!


俺と全く同じシャンプーやボディーソープを使ったはずなのに、しっとりと髪が濡れたなまえからは俺にはない甘い匂いがして身体が動かせなくなる。
動け、距離を取れ、と俺の頭が叫んでいるのに、俺の中の本能がそれを拒否してなまえを感じる事を止められない。


風呂上がりのなまえから微かに発せられるほのかな温かさに触れてみたくなる。
いつもより血色の良くなった桜色の頬の柔らかさを確かめてみたくなる。


こんな事、いままで一度も思ったこと無かったハズだ。
なまえが男と飲み会に行った後から、俺の中の何かが変だ。確実におかしい。

ライブに男と来た時も、その男と店に来た時も感じたイラつきはなんだったんだろう。心の奥底で感じた焦りはなんだったんだろう。

静かに動揺している俺に気づかずになまえは満足気にパソコンを見ている。


「うんうん。これだけ資料が集まればあとはまとめるだけですね。今日はもう、寝ましょう」
「…おまえ、ベッド使えよ。俺 床で寝るから」
「え、いいですよ。今日は私が床で寝たいです」
「いいって。灯り消すぞ。寝ろ」
「………すいません。お借りします。おやすみ、なさい」
「…おやすみ」




いつも通りなまえをベッドで寝かせて俺はその横の床に布団を一枚かけて寝っ転がる。

バイトと課題で疲れたのか、アルコールの力が手伝ったのか、しばらくするとすぐに規則正しい寝息が聴こえてくる。

いつもならその寝息を聞きながら自分以外の存在に安心して眠りに入るのに、今日は眠気がまったく襲って来ない。
なまえの呼吸のリズムばかり気になってちっとも落ち着かない。


こいつは俺の事 男だって本当にちゃんと分かってんのか。俺が何もしないと思ってんのか。だからこんなに無防備に俺の部屋で酒飲んで風呂入って俺の服着て俺のベッドで眠れるのか。

そこまで考えて、微かに痛み始めた頭を押さえる。こいつ、こんなんじゃ絶対いつか痛い目見るだろ。男に酷い事をされても何も不思議じゃない。

なまえが俺の知らない男によって涙を流す所を想像して、今度は胃がムカムカしてくる。
そんなこと、絶対にあっちゃいけない。こんなに綺麗ななまえが、誰か他の野郎によって汚されるなんて耐えられない。


…それなら、俺が守ればいいのか。

だけど轟を想っているはずの俺にはその権利は無いはずだ。
だけど願わずにはいられない。俺がなまえを守っていたい。涙が零れる前に掬い上げてやりたい。


深く深く息をついて、散らばった思考を一つにしようとする。
俺の本当の気持ちは何処にあるんだろう。何が一番、俺の望んでいる事なんだろう。俺が一番欲しいものは、なんなんだろう。


考えながら、目をつむる。


相変わらず聴こえてくる柔らかい吐息に思考を持っていかれないように気をつけながら、眠りに落ちる努力をした。




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