潤さんのライブ当日。
なにかライブのチケットをもらったお礼にあげたくて、だけどなにをあげたらいいのかわからなくて仕方なくお花屋さんで花束を買った。

男の人に花をあげるのって我ながら微妙だと思うけど他に思いつかなかったから仕方ない。


目についたお花を包んでもらって待ち合わせ場所に向かえばもう友達は来ていた。



「ごめんね、待った?」
「いや、いま来たところだよ」



同じ学部の友達で誰か一緒にライブ行ってくれる人を探していたら中澤くんが行きたい、と言ってくれてチケットを渡した。音楽が好きで彼自身も友達とバンドを組んでいるらしい。



「それ、佐藤さんに差し入れ?」
「あ、うん…やっぱりおかしいかな……」


手に持つ花束を珍しそうに見てくる中澤くんに少し不安になって聞けば小さく笑ってくれた。



「いや、そういうのって気持ちの問題だと思うし、いいんじゃない?逆にあんまり高価なものとかもらっても困るし」



そうか。中澤くんもライブに来た人からプレゼントとか差し入れとかもらうもんね。経験者というか同じような立場の人に大丈夫だよって言ってもらえて少しだけ自信がもてた。



中澤くんとこんなにちゃんと話したのは初めてだったけどすごく楽しくて安心した。話すのが上手くて、私もちゃんと噛ませながらおしゃべりしてくれた。
男の人とこんなにしゃべるのはじめてかもしれない。潤さんは無口ってわけじゃないけどおしゃべりな方でもないからなぁ。



「あ、ここかな?へぇ、結構いいとこでやるんだね、佐藤さん」


昨日、潤さんが送ってくれたメールの説明通りに歩いていくと中澤くんが足を止めた。



「そうなの?」
「ここはキャパも大きいからね。俺のバンドじゃチケットさばけないよ」



苦笑する中澤くんと一緒にライブハウスに入って受け付けの人にチケットを渡せば、ちょうど時間ぴったりだったのかステージに上がってきた潤さんが視界に飛び込んできて心臓が跳ねた。



次の瞬間響きわたるギターの音とファンの声援に圧倒されてしばらく息をわすれた。
潤さんの部屋で何度かギターを弾いてもらったことはあったけど、そんなの比較にならないほど音がクリアで身体中、五感全部を刺激される感覚。


「すげ、…かっこいいな佐藤さん」



隣で呟くように言った中澤くんにただひたすら頷くことしかできない。すごく、かっこいい。
女の子達が潤さんの近くに行こうと手を伸ばして、潤さんはいつものポーカーフェイスのまま精確に音を紡ぐ。その姿はただただかっこよくって、今更ながら自分はとんでもない人を好きになってしまったんだと分かった。



身体中の血液が沸騰しそうなほど興奮して涙がこぼれそうになるのを寸前で耐えた。
ただ、潤さんがかっこよくって、キラキラしていて。
こんな人に愛されてる八千代さんは幸せだな。心の底から羨ましい。だってそれは、私がどんなに足掻いたって一生手に入らないモノだ。潤さんと出会って、好きになって、世の中にはどうしたって絶対に手に入らないものがあると知った。
だけどそれは哀しむことであっても憎むことじゃないのは分かってる。だから私はつらいままでいいんだ。どんなに苦しくてもこの感情を否定しちゃいけない。つらくて、苦しくて、それでいいんだ。そのままで、いいんだ。




演奏を終えて別室から出てきた潤さんはあっと言う間にファンの子達に囲まれて、色々なプレゼントを手渡されている。うわぁ、すごい。潤さん、こんなとこでもモテモテだ。


邪魔にならないように少し離れて見ていると、潤さんが気づいて寄ってきてくれた。

ファンの子たちの目線がちょっと痛いけど、中澤くんが挨拶したのにつられて私もお礼を言って花束を渡す。


「ども。すげーよかったです」
「潤さん、今日はありがとう、ございました。…これ、」
「…花って………まぁ、おまえらしいかもな。サンキュ」



苦笑しながらも受け取ってくれた潤さんにほっとする。いや、拒否されることはないと思ったけど、嫌な顔されなくてよかった。



「…、じゃあ潤さん、私はこれで」



潤さんはこれからバンド仲間と打ち上げだろうし、中澤くんをいつまでも付き合わせてるのは悪いからそろそろ帰ろうと思って言うと、潤さんはすこし驚いた顔をした。



「え、…あ、そうか?帰んのか?これからメンバーと飯行くけど…」
「うん。だから、私は中澤くんと帰るよ。誘ってくれてありがとうございました。じゃあね」
「…ああ」



潤さんとバイバイして、ライブハウスを後にする。
駅に戻る途中で中澤くんがご飯食べてかない?と言ってくれたから近くのお店でちょっと早めの夕ご飯を食べた。
いままで中澤くんとはあまりきちんと話した事無かったけど、話してみれば好きな小説の作家が同じだったり似たようなジャンルの音楽が好きだったり映画の趣味が合っていたりして、会話が弾んだ。

そっか。私が他の人と向き合わなかっただけで、ちゃんとこうして潤さん以外にも仲良くなれる人がいるんだ。

当たり前の事に今更気づいたのが滑稽でなんだか笑えた。
恋は人を盲目にするって言うけど、本当なんだなぁ。これからはもっと他の人ともちゃんと関わろう。





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